玉川上水(東京都)

 

■Q2

 現在の玉川上水の姿はとても落ち着いています。玉川上水は中に人が立ち入れないようにしてあり、現に立ち入り禁止であり、また、魚釣りなども禁止されているため、人々から汚染される心配がありません。川にどのような生き物が存在するのかは存じませんが、人が立ち入れないため自然がとても豊かで、人工の川ではあるものの都心の自然の川よりよっぽど生き生きとしています。そして顕著なのが、玉川上水が作り出す周りの自然です。玉川上水の両脇には桜の木々が、まるで玉川上水を覗き込むかの様な形で植えられており、人々に季節を感じさせてくれます。そのほか、昆虫、鳥類の種類が玉川上水の自然の中に生息しています。

 

■Q3

 玉川上水と私。このつながりには浅からぬ縁のようなものを感じます。なぜなら、高校時代、そして大学と私は通学のため玉川上水を行き来しているからです。もしかしたら私は玉川上水と青春を共にする運命にあるのかもしれません。ですから、普通の人よりも私は玉川上水に感じるものが少なくないと思います。(正確に言えば私はほとんど玉川上水の中には入ったことはありません。入ることが禁止されているのです。ですから、以下の文章での玉川上水での経験は、玉川上水に沿って作られた遊歩道、または道のことと解釈してください。)

玉川上水の両岸には桜の木々が植えられています。春になると桜の花が満開となり、春の訪れを実感できます。夏になると蝉が鳴き、秋になると落ち葉で道路の片隅が色づきます。冬になると、まるで木々が「寒い、寒い」といっているように木枯らしに吹かれ体を揺らされています。その玉川上水の春夏秋冬の表情に感化されるかたちで、私の気持ちも楽しくなったり、寂しくなったり、と、少なからず影響を受けていたと思います。実際に玉川上水で遊んだ、触れた、ということはほとんどありません。しかし、間接的にではありますが、玉川上水は私の思い出をとても綺麗なものにしてくれていることは確かでしょう。過去の思い出に振り返るときに必ず思い出される自然、私の場合それが玉川上水なのです。

 

■Q4

 1965〜1982年の間、玉川上水は導水路としての役目を終え、放置されていた(玉川上水下流地域には水が堰き止められていた)。新たな浄水場が出来、玉川上水が果たしてきた機能が要らなくなったからである。

しかし、20年のときを経て、水の放流を目指し、水路の保全、沿岸の自然保護を求める市民グループが発足した。

水の無くなった空堀を「無用の長物」と見る人や、愛惜を感じる人、など沿岸、流域の環境により人々の玉川への思いは様々であった。

下流では、環境衛生・環境美化の立場から、公園・憩いの場、あるいは道路として、有効利用を求める声が揚がった。水が流れないならそれでよい、という意見もあった。

しかし、春夏秋冬様々な玉川上水の表情に親しみを覚える人が多く、水の流れる玉川上水を忘れがたい人が多かった。

住民の声は届いた。昭和57年、東京都はマイタウン東京構想・清涼復活計画を発表するとともに、玉川上水に水を戻す決定を下す。昭和61年、21年振りに「死んだ玉川上水」に水が戻った。

そして両岸の樹木も生き返った。土手には草花が芽生えた。そして野鳥の群れも戻った。武蔵野に生気を取り戻した。

人々はこのことを大いに喜んだ。

 

■Q5

東京都水道局より http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/tamagawa/index.html
・開通年次
1653年(承応二年)に羽村から四谷大木戸までの上水路が開削され、翌年には江戸市中に流水を開始。
・流域市町村
下記参照。
・玉川上水概況図
 
□wikipediaより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E6%B0%B4
・沿革
江戸時代に玉川兄弟が江戸の水源を確保するために私財を投じて工事を行い建設される。開通後は、江戸の飲料水の貴重な水源となり、また、武蔵野の農地へも水を供給し農業生産にも大いに貢献した。
現在では上水路として存在しており、2003年には文化財保護法に基づき、国の史跡に指定される。
・流域市町村
羽村市−福生市−昭島市−立川市−小平市−小金井市−武蔵野市−三鷹市−杉並区−世田谷区−渋谷区−新宿区(総距離役43キロ)
・工事
標高差の問題、関東ローム層の特質製の問題により、玉川上水工事は難航を極めた。

 

■Q6

 私が願うことは、コミュニティーを生み出すような魅力ある川であり続けてほしい、ということです。

 玉川上水は現在、「みなが大切だと思えるような存在」、「守らなくてはならない存在」であります。現に、玉川上水の自然保護を訴えるコミュニティーが存在しますし、彼らのおかげで、休日では小さな子供を連れた親子や老夫婦、犬の散歩など、散歩に訪れる人の姿を数多く見受けることができるのでしょう。玉川上水は、地域の人たちの憩いの場として存在しているだけではなく、地域のコミュニティーを生み出しているのです。

 玉川上水がそのような存在となりえたのはなぜでしょうか。

 それは玉川上水が「みなの思い出となる場」を提供できる存在となりえた、ということと、「みなの思い出となりえるような価値を作り、保ち続けたコミュニティーが存在したこと」にあると思います。

 地域の人たちが玉川上水のどこに価値を見出したかは人それぞれ異なると思います。玉川上水周辺の地域の方に「玉川上水の魅力は?」と尋ねても返ってくる答えは「自然が豊か」、「子供を自由に遊ばせる空間である」、「息抜きできる空間」と、異なります。しかし、その答えの数が玉川上水の形、つまり魅力であり、そして、共通して言えることは、玉川上水が人々の思い出となるような場を提供できる存在である、ということです。

 人々が何に魅せられて玉川上水を守ろう、訪れようと思うかはわかりません。しかし、人々の中での玉川上水の魅力がゆるぎないものであっての現在の玉川上水であることは確かです。

 私が玉川上水に願うことは、ただひとつ。玉川上水がコミュニティーを生み出す魅力ある川であり続けることです。

 

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