黒目川(埼玉県)

 

 私は現在埼玉県新座市に住んでいるが、中学入学時から高校3年生の夏までは隣接する朝霞市に住んでいた。その朝霞市で自宅の近所を流れていたのが「黒目川」であった。黒目川は都内の小平庭園内に水源を持ち、東久留米市、新座市、北朝霞市を通って新河岸川と合流し最終的には荒川へと注ぐ一級河川である。しかしながら全長は14.48kmとそれ程大きな川ではない。

 

 この黒目川は私が通っていた、自宅から徒歩5分のところにある中学校のすぐ脇を流れていた。当時の様子としては両岸が草やコケに覆われたそう高くない土手になっており、その土手沿いに桜並木がずっと続いていたことや、コイやフナがたくさん泳いでいてカモの親子やユリカモメなどが飛来して羽根を休めていたこと、土手をランニングコースや散歩道・通学路としてたくさんの人が利用していたことなどが思い出される。川自体も幅はそう広くなく、深さというよりは浅さと言った方が良いくらいな水深で、夏には子供や中学の生徒が川遊びをしていた。ただし大雨の後はぐっと水かさが増し、しばしば氾濫して架かっている橋が通行止めになることもあった。以上のように黒目川は地域でも大切な憩いの自然環境として重宝されていたため、すぐ隣の中学校に通っていた私としてもかなり関わりや思い出がある。そもそも春に入学した時から川沿いの土手は通学路の一部であったし、入学式の記念撮影も満開の桜並木の下で行った。また中学校の第二グラウンドが黒目川の反対岸にあったため、体育の授業の際などにも川を渡る必要があり、よく橋の上からコイやカモを探してみることもあった。所属していたバスケ部のトレーニングでマラソンコースとして走らされた回数は数え切れず、ほぼ年中通してのことであった。夏には学校のプールと黒目川が配管でつながっていたらしく、コイが逆流して来てプールを泳ぐという事件も1度だけだがあった気がする。学校帰りに川で遊んで帰る生徒がいたり、野球部のボールが吸い込まれて行ったこともよくあったようだ。夏休み中に友達と集まって川岸で花火をしたこともある。その他にも美術の時間に写生に行ったり生徒会として川清掃のボランティアを行ったりと、学校としての活動は活発であった。もちろん黒目川周辺では地域活動も活発に行われていた。市や周辺自治会が企画したハイキングやお花見会、ボランティアによる清掃活動などその種類は多岐に渡った。その中で、私が参加したことのある「黒目川祭り」は特に盛大で秋の風物詩の一つとなっている。ただし普通のお祭りと違うのは「黒目川をもっとよく知ろう」をコンセプトにその場で水質検査や生態調査の体験が出来たり、黒目川に詳しい人とウォーキングをしながらウォッチングのコツを教えてもらうなどの自然教室的要素が多い点である。毎年好評で、私が参加した年はフナやコイに交じって亀やヌートリアという哺乳類まで捕獲に成功し、大盛り上がりであったのをよく覚えている。

 

 さて、そんな黒目川の現状を確認するために、私は冬休みを利用して一度黒目川へ行ってみた。今の家から自転車で30分程度の距離ではあるが、引っ越してから3年半くらいで果たして川はどのように変わったのだろうか。結論から言うと、黒目川の姿はかなり目に見える形で大きく変わっていた。まず何よりも先に目に飛び込んで来たのは、草の生えていた土手(斜面)が護岸工事によってコンクリートで固められている姿だった。以前は斜面のどこからでも川へ降りられたのに、今ではところどころに設置されている階段からしか川岸へ降りられない。さらには当時第二グラウンドへ渡るのに使用していた橋から少し上流の方に、もう一本新しい橋がかかっている。土手の上のランニングコースもコンクリートで走りやすく舗装されていた。逆に変わっていない点を挙げれば、春の風物詩である桜並木や川の中を泳いでいるコイ、群れているカモなどの姿であった。正直に言って3年半でここまで変化しているとは全く思っていなかった。あまりにびっくりしたので、その足で数十年前の様子を伺いに行こうと思っていた近所で親しかった肉屋さんのおじいさんのところへ行って、まずは私が引っ越してからの変化について伺った。おじいさんの話によると、私が引っ越してからすぐに護岸工事の計画が発表され、学校の反対も多少はあったらしいがそのまま着工してあっという間に完成したということだった。現在は両岸がコンクリートになっているが、もともとは川底もコンクリートで固めてしまう計画だったらしい。工事の理由としては、前に述べたように台風などによる大雨の後には川が溢れて道路が水没してしまったり、土手の土がゆるくなってぬかるみ、通学路や遊歩道としての安全が確保されないからということだそうだ。

 

  次に私は、私も知らない黒目川の20〜30年前の様子について聞いてみた。そのおじいさんは同じ場所でもう25年以上お肉屋さんを営んでいる。うちはコロッケを買うのによく利用していたのだが、買う度に毎回おまけをしてくれるので若干経営が心配な程であった。そんなおじいさんによると、20年ほど前の黒目川は両岸に畑や果樹園が広がっていたそうだ。現在でも多少は川の土手沿いに畑や果樹園が残っており、作業をしているおじいさんやおばあさんを見かけるが、当時はもっと広大に広がっていて農業が盛んだったらしい。私が通っていた中学校や、現在も同じく川沿いにある東洋大学の朝霞校舎はすでに建っており、黒目川の回りは子供や若者が多かったそうだ。しかし川自体に関しては生活排水がそのまま流れ込んでいて今より水質が悪かったらしく、魚の姿は見えず、あまりきれいな川ではなかったという。そのため「黒目川は汚いから入ってはいけない」と言われていたそうだ。しかしその後水質調査などが行われたりして浄化が進み、今はだいぶましになったそうだ。

 

  黒目川というキーワードでGoogle検索を行うと、約4万3百件のヒットがある。一番先頭にくるのはウィキペディアであったが、その他にも朝霞市立博物館での川に関する展示や中学校のホームページ内における川の研究授業の様子なども多かった。ジャンルとしては個人によるブログの中での黒目川に関する記述が多く見られ、散策日記や川祭りに参加した感想、釣りや川自体の歴史についてまとめてあるものが主だった。

 

 最後に今後黒目川にどうあって欲しいかという問いであるが、現状としてコンクリートで護岸されてしまった姿を見て非常に残念であった。その姿を見て本当に強く思ったのは元の姿に戻して欲しいということであったが、それは現実的に無理な話であるため、せめて今の姿になってしまっても今後も市民に親しまれる川であった欲しいと思う。安全面で護岸工事を行ったものの、まだまだ流れはきれいで魚や水鳥もいる。川祭りを更に盛り上げて行くことなどで川と人間との関わりは維持出来ると思うし、市にはそういった取り組みを増やしていってほしいと思う。

 

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