水のある風景

 

                                  吉野輝雄

 

みずは自由にかたちを変える:水、氷、水蒸気。自然科学ではこれを三態変化という。しかし、みずの姿は三つどころではない。

 

液体の水がどんな姿をとっているか見てみよう:空から降るは一種類ではない。五月雨、秋雨、氷雨---と季節、風情によって異なる名が与えられている。それに人の情が重ねられ、演歌の歌詞に用いられることがある。また、水は、自然界では川、湖、海という大きなスケールで存在している。のしぶきは水の流れが力そのものであることを教えてくれる。生活の中では、水道水として飲料水、料理、お風呂、洗浄用に毎日使われている。使われた水は下水道を通って川に集まり、多くの水は浄化されぬまま汚された水として海へと注いでいく。山地の上流域から汚染された下流域まで川には多くの水生動物、植物、微生物が棲み生命活動を営んでいる。その結果、限界以内の汚染の度合いであれば、川の流れに伴って浄化されるという見事な自然の仕組みが川には備わっている。一方、ヒトをはじめ動物の体内では、水は血液、胃液だけでなく身体中のあらゆる組織・細胞の中に水が含まれており、体内を絶えず循環している。皮膚は水分を失うとカサカサとなり、皮膚病にかかり易くなる。

 

 

氷:湖面に張ったや北極、南極の氷山、また高い山岳地帯の氷河として力と厳しさを見せる。空にはができる。超高層にできる巻雲は小さな氷晶できている。もまた小さな氷晶である。雪は地上に降って大地を真っ白に覆う。北国では、大雪が降ると一時人々の動きを中に封じこめるほどになるが、人はその中でも秋の中に集めた燃料で暖をとりながら長い冬を過ごす。

冬景色を思い浮かべてみよう。つららが軒下に垂れ下がり、川は氷結し、時にはですら流れのかたちのままに凍てつく。地面からは霜柱が立つ。厳冬の最中、不思議な光景が時々出現する:ダイヤモンドダスト、光柱、霧氷、樹氷。

    

  霜柱(6段)                        スノードロップ

多くの動物たちは冬眠し、夏のような躍動の姿は目に映らないが、厚い雪のジュータンの下では植物が生命の営みを着実に進めている。その証拠に、春が近づくと、まだ雪が残っているのに樹木から芽がふき始める。スノードロップのように雪を割って咲く花もある。

氷が張った湖上ではスケートを楽しむ人、雪で覆われた山の中をクロスカウントリースキーで歩く人がいる。北極に住むイヌイットの人々は、氷で囲まれた厳しい環境の中でもたくましく生活を営んでいる。生命の力は氷点下の凍てつきにも負けない。その証拠に夏になると雪が解けて小川が流れ出し、緑の草が地表に現れる。

 

水蒸気:水蒸気はどんな形をしているのか?やかんから昇る湯気、機関車が発車前に勢いよく吹き出す蒸気、春先、温まった地面からゆらゆらと昇る陽炎。これらは水の形態に違いはないが、実は水蒸気ではない。水蒸気は水の気体であって肉眼では見えない微小な粒子なのだ。しかし、細かな水滴が集まってできる湯気は白く見える。霧も雲も細かな水滴の集まりだ。

水蒸気は目に見えなくても空気中に実在している。見えないのでどの位の量あるのかすぐには分からないが、湿度計で測ると空気中の水蒸気の割合(%)が分かる。気温によって空気中に存在できる水蒸気の量が異なる。湿度の高い日に急激に気温が下がると、目に見えなかった水蒸気が集まって小さな塊をつくる。これがだ。冬の早朝に、水蒸気が直接固体に変化するととなり、竹竿の面に白く見えることがある。

 

これが水が形を変えながらダイナミックに動き、生命を支えている水の惑星・地球の姿なのだ。まさに生きている星ということができる。