NS-。 自然の化学的基礎                               2000年6月21日

 

室伏由紀子、高校生に水について語る

 

 穏やかな初夏の陽射しが少し眩しい、ある晴れた日の午後。何の変哲もないごくごく普通の日なのだが、一つだけいつもと違うのはたくさんの高校生を前にして教壇の上に立っていることだ。私、こと室伏由紀子はいくぶん不安な面持ちで、ざわめく高校生達を前に講議を始めようとしていた。 

 そう、まず私の自己紹介から始めたい。私は国際基督教大学に入学して二ヶ月あまりの、まだ初々しさが残る一年生だ。この時期、一年生の多くは一般教養科目を取ることになっているのだが、その中で私は「自然の化学基礎」という、水に関する授業を取っている。笑顔の素敵な吉野輝雄先生の、理系でなくても分かりやすく興味の持てる授業だ。私はこの授業を通して水とは何か、水とは生物にとっていかに貴重で特別な存在かということについて学んでいる。毎回得るところの多い授業だ。

 

 さて、先週のことだ。吉野先生がいつもどおりのあの快活な声でこうおっしゃられた。

「今回の課題は少しいつもとは違うよ。君たちそれぞれの母校に行って、高校生達に水についてレクチャーしてきなさい」

教室にはどよめきが走った。母校?高校生?しかも水について?まるでNHKの某番組のようではないか。しかし先生は冗談を言っている風もない。どうやら本当にやらなければならないようだ。 

 しかし、高校生の大半は「水は無味、無臭、無色透明で、物理・化学的に特に注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ」と考えているだろう。そんな生徒達にどうやって水に興味を持ってもらえるだろうか。実際二ヶ月前の私を振り返ると、水に対してなんてほとんど関心がなかった。しかし今の私なら自信を持って言うことができる。水はそんなものではない、と。いくぶん不安だった私に勇気がでた。吉野先生が私達に水の素晴らしさを教えてくださったように、私もその教えていただいたことから、自分なりの言葉で高校生達に水の不思議さ、素晴らしさを伝えれば良いのだ。

そして講議の日はいよいよやってきた。母校を訪れるのは卒業以来だ。少し緊張する。手に汗が滲む。我が母校K高校は、好奇心の旺盛な生徒であふれていることで有名だ。面白いことにはすぐ飛びついてくるが、つまらないこと、聞く価値のないと思われることにはそっぽを向く。十分準備はしてきたつもりだったが、もし聞いてくれなかったらどうしようという不安が頭をよぎる。

教室のドアを心持ち力強く開ける。入って教壇の上に立つなり、私は持参してきた1Pの「六甲のおいしい水」のペットボトルをラッパ飲みで一気に飲み干した。生徒達はあっけに取られた様子だ。無理もない。私も途中でつらくなってよっぽどやめようと思った程だ。しかしこの日のために、日夜小さなペットボトルから始めて練習を積み重ねてきたのだ。ゴクッと最後の一口を飲み干すと、大きな拍手が沸き起こった。これもひとえに今日のテーマ「水」を印象づけるためである。涙ぐましい努力が見受けられる。

一通り拍手がおさまると私はこう呼び掛けた。「みんなは水って聞いて何を一番最初に思い浮かべる?」一瞬しーんとした空気が流れた。数秒後の沈黙の後に一人の男子生徒がこうつぶやいた。

「水って言われてもさあ、水なんて水じゃん。特に考え付くことなんてないよなぁ。あえて言うなら、そうだなあ...水谷美紀とか!綺麗だよなぁ...」教室中が笑いの渦に巻き込まれる。確かに水は水だけどさあ、と一人で突っ込みを入れつつ話を本題に移す。

「水って聞いて特に何も思い浮かばないかな?そうだね、水ってそれくらい私達にとって当たり前の存在になってるよね。当たり前のものって大して重要そうに見えないけど、実はその当たり前のものがないと、私達は生きていくことさえできないんだよ」

「知ってる。人間の体の約70%は水から成り立ってるんだよね」他の男子生徒が答えた。

「そんなの知ってるよ。どうせ最初の生命は海で誕生したとか言うつもりだろう?」

生徒が口々にざわめき出す。

予想通りの反応だった。水の大切さを伝える時に最初にぶつかる壁だ。みなこれまでの人生の中で何らかの形で断片的に、いわゆる「水の大切さ」についての知識は得てきている。しかし実生活の中で、実体験として本当にそれを実感はしていないに違いない。私は今日、陳腐ないわゆる水の大切さについて話をしにきたのではない。みんなにそれを本当に実感してほしくてやってきたのだ。

「そうだね、そんなの小学生でも知ってることだね。もう聞き飽きてるよね。人間は水分の12%を失うと死んでしまうとか、水なしでは四日と持たないとか、水によって老廃物を排出して養分を取り込むことができるとか、中学の理科とかでも習ったと思う。今日は、そんな話はしない。もっともっと面白い話を今日はしにきたんだ」

そこまで言って周りを見回すと、皆一様に狐につままれたような表情をして私の方を見ている。

「水って、この世で最も変わっている物質のひとつなんだ。もしかしたら異常って言ってしまってもいいくらいかもしれない」みな不思議そうな顔をしている。さっきまで後ろの席でマンガを熱心に読んでいた子の顔がこっちを向いた。

「例えば、水が固まると氷になる。みんなが知っている通り、氷は水よりも軽い。つまり固体が液体よりも軽い。これは他の物質においては考えられないことで、水以外のあらゆる物質は液体の状態よりも固体の方が重いんだ」「これだけ話すと、またつまらない話がでてきたよ、と思うかもしれない。でもこれを私達の実生活にあてはめて考えてみると話は違うんだ。冬の公園を思い浮かべてみよう。そこには池があって、鮒や鯉が住んでいる。もし氷が水よりも重かったとしたら魚はもう凍って死んでいるね。氷が水に浮くからこそ、魚達は冬の間でも生きていることができるんだ」

生徒達の顔つきが少しずつ変わってきた。本日の話題に興味を持ちはじめているようだ。

「もしこの性質がなかったら氷河や氷塊もなかっただろうね。地球は今とは全く違った姿になっていたかもしれない。まあ、タイタニックの悲劇はそうしたらもしかしたら起こってなくて、レオナルド・ディカプリオもこんなに有名になっていなかっただろうけど」

どっと笑いが起こる。つかみはオッケー。

「水の不思議なところはまだまだあるんだ。例えばアマゾンの熱帯雨林を思い浮かべてみよう。何十メートルという大木がうじゃうじゃ生えているね。さっき誰かが言ってくれたように、水は生命にとって非常に大切なもので、水によって老廃物を排出して養分を取り込んでいる。この大木も例外ではなく、水がないと生きていけない。でもよく考えてみよう。どうやって水はこの大木の梢まで行き届いているのだろうか。何の人工的な力も借りずに、どうやって何十メートル、またはそれ以上の距離を上に向かって上っていくことができるのだろうか」「答えは水のその表面張力の大きさにある。水はお互いの分子を引っ張りあう力が強い物質なんだ。ガラスの上に水を垂らしてみると分かると思うんだけど、一つにまとまって半球のように盛り上がるよね。それか、おそらくみんな小さいころにやったことあると思うけど、コップに水を入れて、口を葉書か何かでふさいで静かにひっくりかえすと、こぼれないよね。それも水が非常に大きい表面張力を持っていることを表しているんだ。そしてこれが毛細管現象を引き起こして、大木の毛管を通って先の方まで水を送っているメカニズムになっている。人間の体も一緒だね」「でも、ひとつ不思議なのは、その水の驚異的な表面張力を持ってしても、せいぜい数メートルほどしか上には上れないんだ。それなのにアマゾンなどの何十メートルもの大木は枯れることもなく、生き生きと生きている。どうやってそんな長い距離を上っているのかは未だ不明なんだ。水には未だ解明されていない不思議な性質があるんだ」

 

ここまで話して私は一息ついてあたりを見回した。みなの顔つきが明らかに変わっていた。まるで二ヶ月前の吉野先生の授業での私のように。水の不思議さに思わず引き込まれている。

「私達が生きているっていうことは、そっくりそのまま水が存在するからっていうことに置き換えることができる。水は確かに不思議で特別な物質で、その性質ゆえに我々は生かされてるわけだけど、その水がこの私達の住む地球上にこうやって存在しているのも偶然の一致なんだ。もしかしたら奇跡と言ってしまってもいいかもしれない」

「私達の住む地球は、9つの太陽系惑星の中で水をたたえた唯一の星なんだ。地球のすぐ内側の金星は太陽に近すぎて水は全て水蒸気、逆にすぐ外側の火星では遠すぎて大部分が氷だ。しかもこの距離だけではなく、地球の大きさも水を宇宙空間に逃がさないための条件を満たしている。その証拠に、月は太陽からの距離が地球と同じであるにも関わらず水がない。なぜだろう?月は地球よりも小さく、重力が地球の1/6だからなんだ。すなわち、水分子を引力圏内にとどめておくことができず、宇宙空間ににげてしまった。ここから考えると、地球は太陽からの距離と大きさのの条件がぴったりで、正に水にとって奇跡の条件を満たしているんだ」「もしも水がなければ海も存在せず、生命は誕生できなかっただろう。緑の草木もない荒涼とした地表が続き、その上、酸素も作られず動物も生存しなかっただろう。海は大気温の変化をやわらげる。これは水の蒸発熱、比熱が大きいため気温の変化が少なくなるからだ。水のない月では昼の温度が110℃、夜の温度が-180℃だが、地球では砂漠ですら、昼夜の温度差が30℃を超えることがない。」「氷は水面から張る。当たり前と思っているこの事実は、科学の目には異常なことで、普通の物質では固体は液体よりも重く、底に沈む。水は4℃の時もっとも重くなる。これも異常な性質である。この二つの異常性がなかったら、冬の湖底には氷が敷きつめられ、魚は全滅するであろう。実際は、外界がどんなに寒くても湖底はいつも4℃付近なので魚は生き続けられる」

「水は、蒸発して雲となり、雨や雪となって地表に降るという具合に、絶えず地球上を循環している。これが地球を温暖に保ち、他方で、海水や汚水を浄化して真水に変えているのである。人間は真水がなければ生きていけない。実際、全ての生命の営みは水を含んだ細胞の中で行われている」「水から生まれた私達人間は、生物としても生活を営む上でも、水に対して無関心ではいられない存在なんだ。そして、人間は水なしでは生きていられないのだから、水に無関心でいることは不可能だ。古代ギリシャの哲人ターレスは『万物の根源(アルケー)は水だ』と言った。人間のもともとの思想、哲学はここから、つまり水から始まったんだ。全ては水から始まったんだ。」

 

教壇の上に用意されていた水を一口ごくりと飲む。ここまで一気に水の不思議さ、そしてその性質ゆえに、水が生命といかに深く関わりあっているのかを話した。これらは全て吉野先生が授業で私達に教えて下さり、そして私が最も感銘を受けた部分である。その感動、驚きの何分の一かでも伝わっていればよいのだが。

 

「しかし私達人間は水を汚し、自然のサイクルを破壊し、自らの生命を縮めているんだ。信じられないだろう?こんなにも多くの奇跡を起こし、私達の生命を根源から支えている水を、私達は汚し、そして必要以上に使っているんだ。今一度まわりに目を向けてみると、世界には水が不足している地域がたくさんある。人口爆発が進む中、水をめぐる戦争が起こるのもそう遠いことではないのかもしれない。そして君たちの住む地域に流れている川、多くはもう生物が普通に住める環境ではないだろう」

「今度水を使う時、考えてみてほしい。今自分の使っている水という物質の大切さと貴重さを。今日、私がみんなに伝えた水とそれを取り巻く環境が成している奇跡を。それを考えることによって、きっと君たちの水の使い方に変化が出るに違いない。私は今日、多くを言うつもりはない。君たちが自分で考えるチャンスを摘み取りたくないから。自分が何をできるのか、考えてみてほしい」

 

そう言い終わるとどこからとなく拍手が沸き起こった。「それでは短かったけれど、私の授業を終わります。最後まで聞いてくれて本当にありがとう。何かがみんなに伝わっててくれるといいんだけど」「最後にみんなに宿題を出します。この問題はみんなでよく考えてほしいんだ」そう言うと、黒板に問題を書きはじめた。

『地球は今から45億年前に誕生した。この気の遠くなるような年数を実感するために、地球の誕生を元旦の0時とし、45億年を一年に換算すると、次の出来事は何月何日の何時に当たるか。(1)地球上に植物・恐竜が出現した時(4億年前)(2)人類の先祖(ホモ・サピエンス)が現れた時(50万年前)(3)キリスト教の誕生(二千年前)(4)産業革命(200年前)』

「見たところただの数学の問題のようだけど、答えを出したらそれで終わらせずに、それぞれが感じたことを交換しあって話し合うときっと面白いと思う。きっと出てくる答えにみんな何らかの形で驚くだろう。その驚きとまっすぐ向き合ってみてほしい」

 

軽く一礼をして教室を出た。階段を降りる足取りは何だか軽かった。みんなの表情からこの授業が成功したことが分かった。みんな、二ヶ月前に私が初めて吉野先生の授業を聞き終わった時と同じ顔をしていた。私はあの晩お風呂に入った時、シャワーから流れ出てくるお湯を見て、地球が誕生した45億年前からその量も性質も変わらない、非常に貴重で不思議な物質の一部分を使っているんだなあ、その恩恵を日々受けているんだなあという、ある種感動にも似た不思議な感覚に襲われた。今晩、きっと彼等は、お風呂に入る時、もしくは学校から帰って手を洗う時、料理をする時、様々な水を使うだろう場面で同じ体験に遭遇するだろう。少なくともしてほしいと私は願っている。私がこの授業で得ることのできた感動をぜひとも彼等にも味わってほしい。私では少々役不足の感もあったかもしれない。理系でもない私が理解できることにはやはり限界があるし、それに大勢の前でレクチャーのようなことをするのにも慣れていない。しかしながら、しかしながら私は自分のできうる限りのことはしたと思う。

 

帰りの電車で、充実感に包まれそのまま眠り込んでしまい、山手線をぐるっと回り、東京駅まで乗り過ごしてしまった。あわてて反対方向に乗り換え、家に着いた時にはもうだいぶ遅くなっていた。急いで御飯を食べお風呂に入り、そのまま寝て、翌朝。ねぼけた顔を洗いながらふと気がついた。「やばい...吉野先生の授業のレポート今日までだったー!」急いでコンピューターの前に座る。3限まであと一時間ちょっと。時計の針を気にしながら急いで草稿をまとめなおす。

「やったー、できた!」

その間、先程顔を洗っていた時の蛇口が開けっ放しで、レポートを書いていた間ずっと水が流れ出ていたことについては、あえて触れないでおこう。

 

エピローグ

こうして私の一日、もとい一時間先生体験は無事終了した。授業をして改めて分かったことだが、いかに自分が先生のおっしゃっていたことに感動していたかが分かったし、それに教えるとなると、ちゃんと自分でも内容が把握できていないと困るので再度勉強しなおしたし、得るところは大きかったのではないかと思う。あの生徒達の水への向き合い方が、何か実生活において変わったであろうことを期待している。私の水へのアプローチも再度見直してみようかと思う。

   最後に一言。“Viva aqua!”

 

宿題の解答

(1) 11月29日
(2) 12月31日23時
(3) 12月31日23時59分46秒
(4) 12月31日23時59分59秒

 

参考資料

2000年春学期 NS-。 自然の化学的基礎で配付された資料


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