黒澤公人の言葉の世界へ (2008-2011)
紙文明の終焉の足音がせまりつつある。
そろそろ、紙文明の終焉の足音が聞こえ始めている ように思われる。
情報を紙に固定することしかできなかった時代か ら、情報を電子上に固定する方法に変わり始めて久しい。
それでも、紙が生き残るのはなぜだろうか。
紙という素晴らしい操作性、複製性など、他にまさ るものがたくさんある。
それでも、紙が重たく、嵩張る。
少ないうちは、どうにもなるが、数十万枚、数百万 枚、数千万枚、数億枚、数十億枚の紙の前に
巨大なビルが必要となる。
人類が、積み上げた紙のバベルの塔が打ち砕かれ、
電子に姿を変えつつある。
問題は、紙文明に築かれた経済システムが、電子文 明に通用しないことだ。
利便性にはるかに優れていても、経済システムとし ての確立ができないかぎり、どうにもならない。
足音を止めようとしているのは、経済システムの確 立がうまくいかないからにほかならない。
しかし、経済は、量が支配する世界なので、量の確 立がなければ、経済としての自立は難しい。
新たな経済方法を見つけ出さなければならない。
しかし、新たな経済の確立は難しいのかもしれな い。
音楽の衰退を誰がくい止められるのだろうか?
映画の反映も、音を立てて、崩れ出していく。
違法を防ごうとすればするほど、合法の手段が複雑 化し、それが、ますます、違法による入手の安易さに負けていく。
複雑化は、市場をますます小さくし、コストを増や し、違法をはびこらせる結果となる。
よい、方法はないのだろうか?
違法より、単純で、広く、薄く稼ぐ方法。
Freeで は、100万回でも、1000万回でも、ダ ウンロードされても、一端、有料のマークが出ただけで、
人は避けていってしまう。
もはや、書籍は、アマゾンスタイルでしか、売るこ とができなくなりつつあるのかもしれない。
国会図書館がオンデマンド出版を行う日はいつか?
著作権の切れた図書を、国会図書館がオンデマンド
印刷して販売するようにあれば、
日本中の図書館で、不要な図書や古い図書を捨てる
こともができる。
保存書庫をつくる必要がない。
洋書はGoogle
からオンデマンド出版すればよい。
また、いままでと違った地平が見えてきそうです
ね。
オンデマンド出版ビジネスを成功させるには、1台あたり、どのくらいの出版は必要でしょうか。
年間1万
冊 1冊1000円で1000万の売り上げ
年間10万冊 1冊1000円で1億円のうりあげ。 1年間は約3153万秒なので、315秒に1冊をつく
る必要がある。
年間10万
冊印刷するには、24時間365日体制で、5分に1冊作成しなければならない。
すると、1台
あたりの最大作成冊数は年間5万が上限か?
1冊1000円とし
て、年間5000万の売り上げが限度か?
ビジネスとしてはなかなか難しいモデルだね。
電子書籍の衝撃は、紙媒体のビジネスモデルと異質 なものである。
書籍に対しても侵攻が始まっているが、新聞、音 楽、マスコミ、テレビ、ラジオといったものにも
同様な侵攻が行われ、一方的な負け戦が続いてい る。
戦いが終わってみれば、かつては、何兆円、何十兆 円規模の経済が、数千億円規模に縮小し、
そこに、大金持ちになった、一人の勝者がいて、他 は、敗戦の将ばかりで、
かつての広大な領土も荒らされ、見る影もない。
そんな衝撃が訪れるに違いない。
電子書籍の衝撃は、なにか。
電子書籍は、紙媒体の図書の販売モデルとは、全然 別のシステムである。
現在、紙をベースにする経済規模が2兆円ちかく存在するが、それが、電子書籍などの
デジタル情報化に移行していくとすると、経済規模 が、大きく縮小して、数千億規模になってしまうだろう。
もし、紙媒体に印刷する図書の販売が、デジタルに すべて移行すると、既存の経済モデルはことごとく破壊される。
しかし、このような現象は、いままでにもたくさん あった。
CDはLPの販売モデルを駆逐したし、VHSは、 ベータを駆逐した。
DVDはVHSを駆逐したし、iPodは、CDを駆逐した。
MS-DOS は、CP-Mを駆逐した。
DOS/Vは、PC98を駆逐した。
地デジは、VHSやDVDを駆逐した。
最近は、カセットテープも見かけなくなった。
アナログテレビは、地デジによって、いよいよ廃棄 物になる。
もし、電力は100Vから200Vに変更になるだ けで、日本中のすべての家電が、廃棄物になる。
技術や規格の変化は大きな変化を引き起こす。
しかし、なにかが駆逐するためには、それなりの勢 い、波が必要である。
電子書籍にはそれはあるか?日本には、どうもない ようである。
すると、どうなるだろう。
やはり、アマゾンやGoogle、iPadなどに、してやわれそうである。
日本で気が付いたときは、すべては、時既に遅しと なっているに違いない。
なぜ、そうなのか。
いつも、小さなシェア争いのため、小さな利権をめ ぐって争っている間に、
大きな波、勢いにのみ込まれてしまう。
その事例は、たとえば、DOS/V,Windowsのような感じでしょうか。
たぶん、和書の電子書籍普及によって、横書きが標 準になる。
新聞や週刊誌などのマスメディアが縦書きのため に、日本語が大混乱していることをお気づきだろうか。
カタカナ語をこれほどまでに、乱用しざるを得ない のは、新聞、週刊誌などのマスメディアが、カタカナ語を
日々無数に製造しざるを得ないからである。
マスメディアの横書化によって、デジタル化によっ て、日本語を外国語の新たな共存が提案されてくるだろう。
電子書籍は、紙メディアとの経済戦争なのである。
この戦争の勝敗は既に決まっているが、だれが、そ こで、利益を上げるかは、失うかは、かなり難しい問題である。
その戦争に勝つために、Googleがつぎ込んだ 時間と資金、労力は、まはや、天文学できである。
アマゾンは既にKinldeを武器に、着々と販路 を拡大して、電子書籍ビジネスに突き進んでいる。
電子書籍ビジネスは、紙ビジネスに比べて、非常に 安価になってしまうため、単純な移行では、ビジネス規模は
非常に縮小してしまう。書籍の経済規模全体で縮小 しても、アマゾン一社が儲かるなら、アマゾンのビジネスが
成功なのだ。(現に、音楽ではAppleの人勝ち だが、音楽経済は、惨憺たる有様であるが、そのことに、Appleには、
道義的責任も、経済的補填をAppleが行う義務 もない。)
電子書籍を図書館で貸出する工夫。
たとえば、図書館用価格の設定 (通常の価格の10倍程度)
貸出回数 制限つき。(100回まで貸出可
貸出有効 期限(たとえば、5年間のみ貸出可能)
などを、 図書館側から提案すべきかもしれない。
資本主義社会において、図書館は、例外規定と
して存在している。
図書館が、資本主義経済を脅かすことがあって
はならない。
電子図書の登場は、個人が個人のためのライブ
ラリー(比喩的な意味での図書館)を持つことができるようになることを意味している。
資本主義経済の中で、電子図書館が存在するた
めには、資本主義経済と電子図書館の共存共栄を模索しなければならない。
図書館が電子書籍をどのように活用するかは、慎重に議論しなければならない。
現在の図書館は紙の本を前提に構築されている。
かつて、情報はすべて紙の上にのみ存在できた。
(もちろん、石や竹、粘土板などにも存在できた。)
情報が紙に上に固定され、物理的位置をもって、存在した。
同時にたくさんの人に伝えるためには、大量の複製を作成して、配布したが、
それらも、すべて、物理的位置をもって、存在した。
奇妙な情報もたくさんある。声、音、映像
それらは、電波や音波に載せられて伝えられた。その多くは、一過性で二度と再現できない
ものが、ほとんどだった。
しかし、現在は、あらゆるものが、記録され、自由にみることができるようになった。
南の島の海の上の出来事もYoutubeのれば、物理的場所も存在せずに、無限の
複製が可能になった。一過性とはちがう世界の出現である。
さて、この自由さが、書籍の経済にどのような影響を与えるのだろうか?
図書館での電子書籍に、首輪もつけず、自由にふるまうことを許せば、
たちまちの内に書籍の経済は、瞬く間に崩壊する。
図書館の電子書籍利用は、書籍業界に貢献するものでな替えればならない。
慎重な対応が必要。
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日本版電子図書館ができることは、世界にむけて、日本の文化、
思想、歴史を発信する 非常に重要な情報源となる。
言語の問題はあるが、日本が日本の考え方、立場を伝える非常に
重要な要素となる。そして、そのようにして伝えられた、日本的考え
方、文化、思想、歴史は、世界を変える力の一つになる。
電子書籍をめぐって、Amazon、Google、Appleの覇権争い中。
生き残るのは、どこだ。それとも、違う会社が覇権をとるか?
電子書籍が、図書館の理想を実現しうる唯一の方
法である。
(しかし、図書館の理想は、資本主義経済や著作
権法となかなか相容れないものある。)
(そのため、資本主義経済にあって、図書館法と
いう図書館の理想を実現するための法(もちろん、図書館の理想には、程遠いが)が整備されている。)
1種類1冊の図書しかもたない図書館が、多くの利 用者にサービスすることは、基本的に無理がある。
利用者の需要が、多様な図書や雑誌に薄く広くある 場合のみ、図書館のサービスは可能になるが、需要の集中、いや、二人の人が同じ本を読みたいとおもっただけで、サービスはデットロックに陥る。
しかも、図書館の原則に従えば、利用者同士で融通 しあうことを勧めることもできず、ただ、ひたすらに図書の返却を待つ。図書館は利用者の便宜ためになにかすることはできない。
図書館のサービスは、図書の需要の予測も、調節も できないまま、図書の需要が減っていくのをひたすらに待つ。
そこには、書架から図書が抜きだれた跡を唖然とし てながめ、淡い期待を持ちながら、予約をして、いつとも知れない返却の時を待つ。
利用者の需要のタイミングを逸して返却された図書 は、利用されることなく、時を過ごし、書架に戻される。
もし、この図書が書架にあったなら、貸出冊数が もっと多くなっただろうに。
本来の需要の何割を失いながら、図書館のサービス は続く。
電子書籍が、図書館の理想を実現しうる唯一の方法である。
すでに、電子ジャーナルは、図書館の理想を実現している。
紙による図書が贅沢品と呼ばれる日
もうすぐ、紙で作られた図書が贅沢品とよばれる日 は来る。
電子書籍の登場によって、価格の安い図書が登場す ることになった。
電子書籍は、価格勝負の話で、読みやすさとか、た ぶん、二の次である。 (今の本だって、人間にとって、読みやすいのかは不明である。人間が長らくこの形態に慣れているだけなのだ。)
読みたい本が安く買えれば、そこに流れてしまう。
複製価格(限界費用の圧倒的な安さ、在庫管理の簡 単さ、店舗、従業員の不要、輸送料の不要など)を考慮して、電子書籍が
すべてにおいて優っている。
すべての図書は、電子書籍になる。
デジタルカメラが、銀塩フィルムに勝っていた点 は、圧倒的な感度の良さだった。
室内でも、夜でも、きれいに映り、なお、銀塩フィ ルムをしのいでいた。
フイルムの枚数制限もとりはらい、100枚で、 1000枚でも、連続撮影が可能になった。
この劇的な変化は、図書にも同様に起こる。 1000枚の銀塩写真をとるために、30本のフイルムを持ち歩かなくてもよくなり、
1000枚の写真の内容を確認するために現像と焼 き付けに、数万円の費用をかける必要がなくなった。
しかし、圧倒的な普及の理由は、安価な写真の登場 である。
100冊の図書を管理するために、本棚が必要にな り、1000冊の図書を管理するには、一部屋必要となり、10000冊の
図書を管理するには、家1軒必要となる。
しかし、安価な電子書籍には、そのコストさえ不要 になる。
電子書籍は、安価な図書として、瞬く間に普及して いく。一部屋代や家一軒必要だった時代に、数万円程度の書籍リーダーは非常にローコストでもある。
もうすぐ、紙による図書が贅沢品と呼ばれる日は やってくる。
AmazonのKindleの凄さ
日本でも発売されるというので、さっそく、注文した。届いた。
届いたその瞬間から図書を購入できたのにはびっくり。
既に、私の名前、クレジットカードの登録もされており、何のセッティング
も
不要で、ネットにもそのままつながり、Amazonの端末になっていまし
た。
Amazonのうまさというのか凄さにはひたすら感心しました。
日本で、こんな売り方は思いつかないかもしれませんね。
何か買わせる、商売するというには、こうゆうことなのかと感心するばかり
です。
私は、英語の本は読まないので、Kindleは猫に小判ですが、ただ、た
だ、
Amazonの凄さに負けて、何冊か試しに買ってみました。
電子書籍をめぐって、Amazon、Google、Appleの大衝突が発生中。
電子書籍をめぐって、Amazon,Googleの大衝突が発生中。
賽は投げられた! 決戦は2009年
クリスマスごろになるだろう。
その辺で誰が天下をとるか、はっきりしてくるだろう。
電子書籍およびリーダーの天下の決する 関ヶ原の戦いは、いつ起きるの か。2009年秋から冬 クリスマス商戦で、世界的な動向は決するだろう。
2010に は、その動向で、どちらかが日本に上陸し、2010年夏には、電子書籍規模が国内の一般図書売り上 げの10%を占めるかもしれない。
日本の先行した電子書籍リーダー(Sony やPanasonic)は、ほとんど出番 がなく、忘れ去られるだろう。
Amazon が
優勢だと思われる。
既に Kindleを100万台ちかく売り上げ、販売方法も確立して、現在も拡大中。新製品を次々と出している。
料金の取り方も確立している。
Googleが
劣勢な理由。
まだ、、Amazonに先を越された感が、ある。書籍リーダーがない。当面、Sonyの ものを利用する。
料金の徴収技術がない。Googleがお金をとるというのになじめない。(別、会社を立ち上げるか?)
出版社、著者との協力を得るのが、難しい。
Kindle の登場によって、紙の書籍と電子書籍の戦いがスタートし
た。
(1)戦いの主戦場 その1 Amazon 内部で、紙の書籍と電子書籍の売り上げや利益率の割合
(2)戦いの主戦場 その2 Kindle とその他の電子書籍ターミナルの売り上げ
Kindle と Google,Sony 連合の戦い
(3) 戦いの主戦場 その3 もし、電子書 籍が、高収益率で販売できるとすると、実体としての書籍の存在自体の戦い
日本では、ほとんど着目されないが、書籍のあり方 自体が問われている。
Kindle が、個人のための電子図書館(10万冊規模)になるとき
Kindle の販売が非常に好調のようだ。すで に、Kindleの累計販売総数は、100万台を突破し、今後も順調に
売れていくと思われる。Google もSony(アメリカ)と手を組んで、追撃の勢いである。
図書のあり方が変わりつつある。
さて、この現象の向こうに何が見えるだろうか。
Kindleやその他の類似商品が、個人のための 電子図書館(10万冊規模)になるだろう。
記憶容量を拡大すれば、それは、難しいことはな い。
一生涯のうちに読んだ本、読みたいと思った本を、 ホンの掌にのるような機械の中に納まってしまう
そんな電子図書館が誕生する日も近い。
Kindle 以前の世界とKindle 以後の世界が分離しつつある。
みんなで定義してみよう。
Google 以前の世界とGoogle 以後の世界
(1)情報を紙にしか記録でき なった時代から、情報を電子に記録できるようになった。
(2)この基本的なメディアの大 変換が、さまざまな問題を引き起こすことになった。
(3)インターネット社会は、コ ピー(複製技術)社会だ。無限複製によって、成り立っている。
(4)蓄積空間の消失
(5)移動、搬送時間の消失
図書館の夢 それは、時間を乗り越えることである。
図書館の夢 それは、空間を乗り越えることである。
図書館の夢 それは、言語を乗り越えることである。
人類の活動の記録を一つに纏め上げること それが、図書館に託された夢で
ある。
この夢を思うとき、世界中の図書、論文をすべて、目録カードに取ろう
と格闘した多くの先達たちの努力に思い至る。
明治、大正、昭和を蘇らせるのは、図書館の使命である。それは日本を蘇らせる力になる。
酸性紙、スローファイヤーという現実を前に、国家はなにをすべきか?
和書という特殊な形式の図書(縦書き、右開きとい う特殊性)のデジタル技術の困難さに立ち向かうのは、Google,Amazonか、それとも日本という国なのか
もはや、図書館の唯一の使命は、過去の本のデジタ ル化と検索である。
日本人が蓄えてきた過去の遺産に光をあてるのは、 図書館しかない。
デジタル技術で、明治、大正、昭和の知的遺産を現 代に蘇らせるのは、図書館しかない。
キーワード 和書の特殊性、日本語の目まぐるしい 変化 字、文法、語法の目まぐるしい変化によって、知識の分断化が起っている。
現代日本人は、明治、大正、昭和 20年以前を異国(見知らぬ国)のようにしか捕らえることができない。
世界中の学術や知恵を探し出し、纏め上げる。一人の発見や思想をみんなの ものにする。