今世紀に入って地球環境問題がその深刻さを増しているのは周知の通りです。環境と経済活動という対立しがちな二つの項をいかにして折り合わせていくのか、これは現代に生きる私たちにとって避けられない問いとなっています。
ここで、現在キーワードとしてよく用いられる言葉に「持続的な開発」"Sustainable Development"というものがあります。今回はこの考え方が登場するに至った歴史的背景から説明し、現代におけるその重要性を論じてみたいと思います。
1972年、ローマクラブという民間団体によって「成長の限界」というレポートが発表されました。この中で彼らは「残された時間はあと十年程しかなく、地球規模の協力が出来なければ環境汚染、人口増加の抑制は不可能になるだろう」との言葉を残し、増大する汚染と人口が、ある日突然破綻を迎え急減少に転じるという大胆な予測グラフを示しました。この中で彼らは経済成長よりも環境協力を、という非常にセンセーショナルな提言をしたのでした。この主張は賛否両論の激しい論議を巻き起こしましたが、とりわけ強い反発を見せたのが、途上国の指導者たちでした。先進諸国はこれまで発展するだけ発展しておいて、自分たちが環境問題を引き起こしたつけを全部自分たち途上国にまわそうとしている、との彼らは主張し、当時のインド首相であるインディラ・ガンディーが残した有名な言葉「貧困は最大の環境破壊である」は端的にこのことを示していました。
それまでの議論を受けてWCED(環境と開発に関わる世界委員会)が1987年の国連総会に提出したレポートの中で提唱されたのが「持続的な開発」"Sustainable Development"の概念で、その定義は「将来のニーズを満たす能力を損なうことがないような形で、現在の世界のニーズも満足させること」とされました。なぜ、この考え方が重要なのでしょうか。例えば世界銀行は1992年に「経済開発と健全な環境管理とは同じアジェンダの補完的な側面である。適切な環境保護がなければ開発の根底が揺るがされるであろうし、開発がなければ環境保護は失敗するであろう」との見解を述べ、引き続き途上国の経済開発を支援していくことの必要性について言及し、「持続的な開発」の重要性を述べています。「成長の限界」は環境問題を世界的に考える契機としては重要でしたが、やや実質的な議論がなされていない面があります。「持続可能な発展」は途上国、先進国の人々に実現可能な環境対策を示したということで重要であり、現在はこの考え方に基づいた国際会議などが途上国を中心に頻繁に開かれています。ここで一つ注意が必要なのは、「持続的な開発」が必要なのは途上国のみと考えられるきらいがありますが決してそうではないことです。先進国もこれから「環境」という視点で国としてのあるべき姿を考えたとき、この概念を素通りは出来ないからです。「持続的な開発」に熱心な先進国としてオランダ、ノルウェー、スウェーデンが挙げられますが、例えばスウェーデンではエコサイクル社会の実現を国家政策として打ち出し、リサイクル、環境の制約、生産者責任を強く強調しています。
ここで、「環境クズネッツ曲線」という数値モデルを紹介しましょう。これは先に述べた世界銀行が1992年に掲載したもので、経済発展の初期の段階では一人当たりの所得水準が上昇するにつれ環境は悪化するが、その後一定水準まで経済発展が実現されると逆に環境は改善に向かうという主張でした。縦軸に環境負荷、横軸に経済発展を設定しプロットすると逆U字型のグラフが描けるとのことでした。そのメカニズムを説明しますと、転換点を迎えるまでは経済成長と環境負荷とはトレードオフの関係にあり、経済の成長は不可避的に環境汚染の増大を促す、しかし転換点の後には、汚染の増大により環境は希少な財となり環境の価値が高まる、また汚染防止投資も進み、経済成長と環境保全が両立するとなります。環境クズネッツ曲線は、「成長の限界」モデルに対する反駁として用いられており、また「持続的な開発」を支える重要なバックボーンとなっています。
では最後に途上国で「持続可能な開発」を進める四つの要因について述べましょう。繰り返しになりますが、この概念の意識づけは先進国の国内でも十分に成されなければなりません。しかし、やはり途上国でいかに実現するかということが最大のキーポイントと言えるでしょう。そのためには四つの条件が考えられます。第一に、「技術の進歩と移転」、第二に「制度の進歩と移転」です。先進国がこれまでに得た環境に対する技術的、制度的知見を途上国に移転することは直接的に途上国の現状を変えることができます。これこそが途上国に期待される「後発者利益」の最重要点でありましょう。第三の要件は「貿易の促進」です。WTOの発足、それへの中国の加盟など世界経済は現在つながりを強めています。ここではより激しい競争原理によって製品は質の高いものだけが生き残るという状況になります。環境NGOなどはしばしば「自由貿易は環境破壊的である」との主張をしますが、事実は、むしろ逆で自由貿易による経済統合が進むほど、途上国の環境対策水準が一気に先進国の水準まで引き上げられると米国のヴォ―ゲルによって指摘されています。最後に挙げる要件は「価値の転換」であります。上で述べた「持続的な開発」を支持する「環境クズネッツ曲線」に転換点が現れるのも環境の価値の高まりがそれ以上の消費への欲を上回るからです。「環境」が失いがたい大きな地球財産であることを実感する想像力がやはり強く求められているのです。
最後に述べた四つの条件がつきますが、「持続的な開発」の概念は私たちが取るべき方向を示す道しるべとなりえるのではないでしょうか。「成長の限界」的な経済成長を全否定する考え方では先進国の人々であっても二の足を踏んでしまい、途上国がそれに追随するとは考えにくいからです。それよりもいかにすれば持続可能か、具体的には環境クズネッツ曲線の逆U字の山を出来るだけなだらかにするにはどうしたらよいのか、そのようなところから第一歩が踏み出されるはずです。