13. 「社会的責任投資(SRI) 変る投資判断と企業の姿勢」 (2007年9月21日)
河口真理子 大和総研経営戦略研究所主任研究員
《 報告要旨 》
・ 欧米では、大手の年金基金を中心にSRI運用を積極化させ、半数近い大手証券会社でも専門部署を設置し環境・社会面などの非財務情報に関する企業調査レポートを発信する体制を整えるなど、SRIのメインストリーム化が着実に進行している。
・ その背景には、SRIのSが社会(Social)から持続可能性(Sustainability)に変化していることがある。特に気候変動問題は、人類共通の脅威であり、今後の経済的枠組みに大きな影響を与え、企業価値を左右する重要な課題と広く認識されるようになっている。
・ この欧米のSRIメインストリーム化の背景には年金基金を中心とした株主責任の考え方がある。
・ 一方日本では、SRIの名前は浸透しているが、メインストリーム化する動きは見られない。その最大の理由は、「投資や融資とは金銭的なリターンをあげる手段というだけでなくその結果が実社会に多大な影響を与える」という金融の外部経済的側面が、日本では認知されておらず、金融の社会的責任という発想がなかったことにあると考える。SRIの本格的な浸透には金融の社会的責任という考え方を広める必要があろう。
参考資料
(@) 河口真理子「SRI最新動向―欧米の最新動向と日本における課題」
(http://www.daiwa-grp.jp/branding/sri/report.html)
(A)The Global Compact Principles for SRI (http://www.unpri.org/principles/)
《 全体討論 》
碓氷 日本の金融界だけでなく市民としての日本人に対する警告を含めた報告で、大変感銘を受けた。今日は日頃の倍以上の方にお越し頂いているので、まずはフロアからいくつか質問・コメントをいただきたい。
久山 企業年金については、日本では投資収益をあげることにプライオリティをおくのが伝統的な考えだ。欧米ではSRI的な考えが浸透しているように思われるのに対して、日本はまだ投資収益を重視せざるを得ないという状況にあり、それがSRIに対するネガティブな態度につながっていると思う。そこで質問だが、年金加入者にとっても、年金の運用における最大限の利益と社会的責任のバランスが重要だと思うが、年金基金を運営する側ではその点に関する議論はあるのか。
河口 その二つは相反するものではなく、一致するというのが、最近の考えだ。現在の問題は、企業が環境を経営戦略として取り込んでいるのに、その取り組みを企業を市場がきちんと評価していない・できていないという点にある。企業の実態としては、環境にお金をかけ、開発も行なっているのに、それが財務データに反映さないかぎり、投資家の評価の判断材料にならないいのが現状だ。以前の議論は、利益か環境かというものだったが、今の環境経営においては、エネルギーコストを削減しCO2を減らすことと生産性の向上は相反しないという説もあるので、企業の環境経営自体を評価するSRIが受け入れられやすくなっている。また一方でSRIで運用したためにコストがあがったということも、証明されていない。さらに、年金基金もオルタナティブ投資など様々な投資手法を取り入れているのに、SRI投資をやらないというのはわからない。そこで本当に合理的な説明を受けたことはない。公的年金関係のリーダーの方々、受託者責任上SRI投資は認められないとおっしゃる。だが若い人たちは、違う。彼らの中には、長期投資をするにあたって、環境や社会や倫理といった企業の側面も考慮すべきと言う考えには賛同していて、そのツールとしてSRIを勉強しようとしている。ここで指摘したいのは、マーケットというのは、プレイヤーが変れば変るものだということだ。市場は、同じメッセージであっても状況によって反応が違う。昔だったら反応しない環境の話にも、現在の市場は加速度的に反応するようになっている。SRIについての対応も、世の中が変れば変る。
石井 河口氏の発表には世の中の疑問に対するスタンスというか怒りがこめられていると感じたが、この姿勢に大変共感した。以前から経営学には経営哲学がないと感じていたので、今日のSRIに関する話は勉強になった。企業に対して社会的責任を果たすことを要請する大きな運動が圧力となり、企業側の意欲が高まり努力をするようになる、というお話だったが、そういう対応が出来るのは、意欲だけでなくそれなりに余裕のある大企業・大資本に限られてしまうのではないか。余裕・実力のない中小企業が取り残されていくという傾向は否めないだろう。SRIを行っている会社が優良企業となる傾向があるのであればよいが、必ずしもそうでないのであれば、独自にSRI努力をしている会社に対してはある種の公共政策的な保護ないしインセンティブが必要ではないか、と考えるが、いかがだろうか。
河口 ご指摘の点は、大きなテーマだ。大企業のほうがCSRを行いやすいが、中小企業だから出来ないという訳でもない。後者のほうが、取り組みやすい面もある。例えば意識を変えるとなると、大企業では社員啓蒙のためにも例えばセミナーを何回もやらないといけないが、中小企業はそのあたりの意思伝達は容易である。お金をかけなくても色々できることはある例として、明太子の「ふくや」をあげたい。ここは消費者評価ランキングで入賞した会社だが、そこでは社長が、CSRを色々やっている。たとえば従業員がPTAの会長や野球の監督をやる場合、それを研修とみなして平日参加することを認めさらに、研修費を払う。それによって会社のイメージもあがるし、地域にも貢献できる。社員も通常だと接することのない様々なステークホルダーと接することができるし、社会貢献したい従業員が、コミュニティに貢献できる仕組みだ。CSRはコンセプトをどう取り入れるかが重要で、お金をかけなくても出来ることはある。大企業でも、トップが良くても理念が末端の社員までに伝わらないことが、多々ある。大企業の間でもトップの認識や文化の違いなど温度差はある。確かに中小企業は体力が小さいということでの配慮は必要だ。しかし、大企業に入るお金(投資資金)と中小企業に投資されるお金の性格は違うので、うまく分けていくことが重要だろう。私はこの分野の専門家ではないが、中小企業への支援は、国や自治体でもある程度やっているようだ。が、中小企業の実態は本当に様々だ。なお中小企業支援を考える場合には、同時に自立性を高めるしくみにしないといけない。中小企業がエコ商品を開発したり、自社の環境取り組みをすると低利融資が受けられるといった支援などを新聞などで見たことがあるが、この種の取り組みは、これからも増えてくるのではないか。
長谷川 ソーシャル・レスポンシビリティとサステイナビリティという2つの概念について、気になる点がある。短期的な利益にこだわらずに長期的な成長を見て投資することは重要だが、CSRやSRといったときには、今やっているのかどうかというスポットで評価する。それが長期的にサステイナブルになるということはあっても、常にそうなるわけではないから、そこには違いがあるのではないか。もうひとつ、個人投資家の認識についてだが、日本の投資家は環境に高い関心をもっていても、労働・人権には関心が低い。これは、日本の投資家の多くが企業をみるときにその国内活動だけをみて海外での活動を見ていないためではないかと思うが、いかがか。
碓氷 質問者がまだかなり多そうだが、時間が押してきているので、最後にもう2人ほどからの質問をいただいてから、河口さんにまとめてお答えいただくようにしたい。
柴田 地球問題の温暖化を研究しているものであるが、SRIファンドのマネージャーは、企業の何をどうみて、銘柄を選定しているのか。もう少し具体的に教えていただけないだろうか。
功刀 まず事実関係の確認として、社会保険庁が扱っている年金や郵貯は機関投資にも使われているのか、また、社保庁の管理する資金は郵貯と同様にODAの原資として使われてきたのか、ご存知であれば教えていただきたい。次に質問だが、2004年欧米の年金運用機関等が共同で設立したEAI (Enhanced
Analytics Initiative)のようなSRI促進策を、日本でも発展させる動きはあるのか。
河口 順不同になるかもしれないが、これまでいただいた質問に答えさせていただく。社保庁の年金運用は、ちょっとわからない。ただ郵貯が運用されているのは確かであって、そこの運用にどれだけ入り込めるかが問題だと思う。EAIは、欧米の年金基金がよりよい運用するために作っている組織だが、スポンサー(この場合、年金基金などの資産所有者)がいないとできない。日本でも年金基金などの投資家が、証券会社に手数料を支払ってもーCSRレポートを求めるとなればいいが、まだその段階にはない。他方で、日本のアナリストレポートなどもEAIで評価してもらうことも可能だと思う。
SRIについてのファンドマネージャーの分析だが、基本的に運用会社の銘柄群は、会社の規模や財務内容で選ばれており、SRIとCSRの基準を重ね合わせて銘柄群から売り買いする。今、組み込まれている銘柄が必ずしも一番いいわけではなく、銘柄群のなかからターゲットプライスになったものを売るので、環境でよい評価であっても売った直後という場合もあるだろう。CSRの評価は、環境における取り組みでどのような仕組みを持っているのかということや個別の対策を考慮する。過去三年間で削減したという事実を評価するのか、これから削減するという目標を評価するのか、そのあたりは調査会社によって変る。理念、目標、体制、進捗などに重みをつけ判断しているのではないか。
日本の会社が国内しか見ていないというのは、基本的にそういう傾向があると思う。日本は、まず日本、それから世界をみる。海外、特に欧米、そうではない。特に英国は大英帝国圏の歴史があるから、自分たちの社会を語るとき、英国内だけでなく、インドなどを含んだ大英帝国を暗黙に前提にしているような気がする。日本は、とりあえず日本のことが前提。この点は、例えばフェアトレードの広まりなどにも反映されているにも関わってくるのではないか。これは植民地主義の贖罪という意味もあるように思える。
サステイナビリティについてだが、企業が社会から存続をみとめられる、という自社の持続可能性という観点でサステイナビリティについて語られる場合もある。それは、我々が依って立つ地球環境が安泰であれば、そして社会が平和であれば、自社のことだけ考えていれば十分だろう。しかし。いまややはり地球環境のサステイナビリティが脅かされている。その前提となると、自社のことだけでなく、地球環境への影響を考えた、サステイナビリティ戦略がないと、他社とも戦えない。
なお、サステイナビリティというと、ソーシャル(社会)を謳ったSRIとは違い、ソーシャル(社会)というイデオロギーをも感じさせる言葉に対しての拒否反応が減るので、少しひとびとの受け止め方が変るということは言えると思う。かつサステイナビリティにおいても誤解があって、エゴ的にとらえる人もいれば、地球的な考え方でとらえる人もいる。
碓氷 ありがとうございました。最後に司会者兼コメンテーターとして若干感想を述べさせてもらう。
まず、これまでの質疑応答でカバーされなかったが気になっている点を4つほど指摘しておきたい。第1は、いわゆる「マテリアリティ」の問題との関連で、企業のCSR評価と財務パーフォーマンスの間の因果関連がいわば「ニワトリとタマゴ」の関係に似て経験分析的にどっちが先か白黒つけ難いことは、すでにここ10年あまり指摘されてきたところである。それを思うと、「サステイナビリティ」は、たとい各社のサステイナビリティ(長期的にすぐれた企業パーフォーマンス)を意味するとしても、短期の「フィナンシャル・パーフォーマンス」とは明らかに区別できる性質のものである、という意味ですっきりしてきたといえるのではないか。第2に、河口さんが今年7月6日の大和総研DIR誌に掲載されたレポート「SRI最新動向 ―欧米の最新動向と日本における課題」の中で、SRIを特徴づける要因として欧州市場でも一般的には、@狭義のコーポレート・ガバナンス(株主重視)、A人権・労働が最も重要とされており、環境が比較的弱いウェイトしか与えられていないこと、しかも環境には「気候変動」問題が明示的に考慮されていない、と述べられていたのはショックだった。(もちろん、業種別のマテリアリティでは自動車の場合などには燃費向上やハイブリッド・エンジンが考慮されてはいるが。)第3に、日本では欧米に遅れてこの数年の間にようやくREIT(不動産証券投資信託)市場が成長してきたが、環境問題に配慮した住宅などにとくに光が当たる気配はまだみられないのは残念だ。第4に、公的な使命の担い手たるべき年金基金が日本ではまだSRIの傍観者にとどまっており、年金基金では個人むけの公募型SRI投信が中心だということだが、未だに弱々しい環境NGOや人権市民組織しかいない日本では肝心の市民教育が21世紀型になっていないことを思うと、個人むけSRI投信がどんどん伸びるという期待はもてそうにない。
最後に、まとめに代えて次のことを強調しておきたい。京都議定書のコミットメント履行にしても、グローバル・コンパクトへの参加にしても、OECDの多国籍企業ガイドラインの遵守にかかわる「ナショナル・コンタクト・ポイント」の透明性の問題にしても、確かに日本は他の先進諸国に比べて見劣りがする。我々のこの研究会はこの数年来「国連改革」のあり方をめぐって熱心に考え、本も2・3冊出してきたけれども、日本自体の「構造改革」が遅々として進まず、国連の規範やガイドラインについていけないという有様を見聞するにつけ、はずかしくなる。この研究会も日本のあり方についてもっとつめた議論をしておかねばならないだろう。そういう自覚を強くさせられたという点で、SRIないしサステイナビリティ・ファンドという切り口からの河口さんの今日のお話は、きわめて感銘深いものがあった。
『文明の衝突』の著者サミュエル・ハンチングトンが、日本文明は独立した特殊な性格のものであり、かつそのメンバーが日本だけだという点でさらに特殊であるといっていた。精神的・文化的に類似した国が他に存在しない上に、儲かりそうなところと見ると日本のビジネス界は地の果てまでも雪崩をうって出て行き、はた迷惑を顧みないという風潮さえあるから、日本が困ったときはどの国も同情してくれないだろうし、ましてや助けにきてはくれないだろう、という警告を発していた。今日の議論でも、日本の企業や大衆には人類のサステイナビリティを考えながら自分自身のサステイナビリティを考えるという視点が欠けている、という趣旨の指摘があった。
他方、欧米だって十分に進んでいるわけではなく、また、欧州とアメリカではサステイナビリティ意識や関連する法的制度にかなり違いがある。グローバルにみても、今や、SRIやCSRは大きな分岐点にさしかかっているというべきだろう。それは一部の先進的な企業群が将来への飛躍に備えて羽を休める「オアシス」になっているが、まだそれ以上のものにはなっていないようだ。CSR・SRIは単なるオアシスにとどまることなく、むしろ、すべての企業が生存中にはたどり着きたいと願う「メッカ」にならなければならない。そのためには、なんらかの公共政策的なインセンティブが必要であり、政府が適切な刺激策に知恵をしぼる必要があるのではなかろうか。その点、日本の経団連、経産省、政治家たちがまだきわめて消極的であるのを残念に思う。河口さんの(時として皮肉たっぷりの)鋭いご指摘は非常に印象深く、我々ももっと勉強して日本社会の変革のためによい知恵を出ださねばならないと、つくづく思う次第である。
(司会:碓氷 尊 記録:久保田有香)