腐敗防止の世界的潮流とトランスペアレンシー・インターナショナルの活動
梅田 徹 麗澤大学教授、トランスペアレンシー・ジャパン副理事長
〈報告アウトライン〉
はじめに
1. 腐敗防止関連条約締結の動向
1996年3月、米州機構「腐敗の防止に関する米州条約」
1996年12月、国連総会「腐敗防止宣言」
1997年5月、経済開発協力機構(OECD)「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」
欧州連合理事会「欧州共同体の職員又は欧州連合加盟国の公務員に関わる腐敗の防止に関する条約」
1999年1月、欧州評議会閣僚委員会「腐敗に関する刑事法条約」
11月、同「腐敗に関する民事法条約」
2003年7月、アフリカ連合「腐敗の防止及び腐敗との戦いに関するアフリカ連合条約」
10月、国連総会「腐敗の防止に関する国際連合条約」
2004年6月、国連グローバル・コンパクト第10原則(腐敗防止)追加
2. トランスペアレンシー・インターナショナルの概要
1993年 世銀元幹部Peter Eigenのリーダシップの下で設立
Vision: a world in which government, politics, business, civil society and the daily lives of people are free of corruption
Definition: Corruption
is the abuse of entrusted power for private gain.
85か国以上に「チャプター」があるほか、設立準備中のものを含めて100か国前後にネットワークがある。主な活動:@意識高揚
A情報の収集発信 B調査分析 Cツール開発 D政策提言 E監視活動
・指標:Corruption
Perception Index (CPI), Bribe Payers Index (BPI), Global Corruption Barometer
・出版物:Daily
Corruption News(online), TI Quarterly, TI Source Book, Global Corruption
Report(annual), Teaching Integrity to the Youth, etc.
・ツール:Integrity
Pact(「誠実協定」)、Business Principles for Combating Bribery(「贈収賄防止のためのビジネス原則」)
・監視活動:OECD外国公務員贈賄防止条約の実施モニタリング(Progress Report)
3. トランスペアレンシー・ジャパン(TI-J)の概要
2002年1月
設立準備委員会設置、2004年9月 正式に発足
2005年4月
東京都からNPO法人認可
活動内容:(1)年間の「10大汚職腐敗ニュース」プロジェクト(2004年〜)
(2)「ビジネス原則」の翻訳とTPRの提案
(3)日本版」「誠実協定」の策定と導入のための働きかけ
(4)OECD条約の実施フォローアップ
ドイツ本部および他のチャプターとの間で抱える問題
4. OECD外国公務員贈賄防止条約の動向
・条約フォローアップの概要 実施措置における「同等性の確保」が目的
フェーズ1審査(〜2001年5月) フェーズ2審査(2002年〜)
・日本の国内実施措置実施の歴史 <配布資料参照>
・最近の対日勧告
・「ファシリテーション・ペイメント」の問題
5. 「贈収賄防止のためのビジネス原則」の普及とTPRの提案
・企業その他の団体にとって贈収賄防止システムの構築の基準になるもの
・本文(12ページ)とガイダンス文書(71ページ)を日本語に翻訳
・TI-Jが独自に、本部に対してTPRの実施を提案
・グローバル・コンパクト参加企業によるCOP手続きで活用する可能性
・FTSE4Good(英国のCSRインデックス)が環境、人権に加えて贈賄防止を基準に追加
・TPRの提案は、TI本部におけるミッション議論に影響を与えた
(アドボカシーのほかにコンサルタント事業の方向に舵を切るかどうか)
6. 国連腐敗防止条約に関連するいくつかの論点
・「腐敗」の定義
・国連腐敗防止条約と国際組織犯罪防止条約の接点
・共謀罪をめぐる議論、留保の是非 etc.
・フォローアップの有無
おわりに
〈 全体討論 〉
黒田: コメンテーターとして、最初に簡単な質問をふたつほどお伺いしたい。トランスペアレンシー・ジャパン(以下TI-J)が選んだ2006年の「10大腐敗疑惑事件」に関してだが、腐敗防止といったときに、一般的な企業の不祥事なども対象になってくるのか。境界線をどこにおいているのか。また環境や人権については様々なNGOがあるが、腐敗防止について活動する団体は少ないということだったが、日本という文脈の中で、他のNGOとどのような連携を考えているのか。
梅田: 「10大事件」は民間企業の腐敗も対象にしているが、いわゆる不祥事、例えば談合などが腐敗のカテゴリーに入るかどうかは難しいところだ。腐敗の定義をインテグリティ違反とすれば、かなりいろいろな不祥事が入るが、実際の線引きは難しい。例えば「腐敗の防止に関する国際連合条約」だが、ここでは腐敗は定義されていない。贈収賄や横領を含めたものとして考えられているにすぎない。これに対して米州機構の「腐敗の防止に関する米州条約」は定義をしている。これだけをみても腐敗の定義については様々な考えがあることがわかる。
二番目のご質問、TI-Jとして将来的にどういう形になるか、他のNGOとどういう連携をとるか、という点についてお答えしたい。現時点でも他のNGOとも連携をとりあってはいるが、将来的な取り組みとして足元を固めなくてはいけないと考えている。財政的な基盤が脆弱だからだ。多くの国のTIのチャプターは政府から支援を受けているが、日本では政府からの支援がない。有給のスタッフもいない。みなボランティアでやっている。また年間の予算が限られている。そのための資金集めの一つとして「TPR(第三者によるレビュー)」を提案した。第三者としてレビューに入って企業から報酬をもらうことを提案したのだ。ただこの提案は、アドボカシーだけでやってきたTI-Sの路線とは異なるものだった。だがTI-Sも最近は変ってきた。TI-Jとしては一石を投じたと自負している。
後藤: ファシリテーション・ペイメントについて、米国と韓国は国内法で免責しているということだったが、これは条約でも免責にしているものを、国内法でも免責にしているということか。
梅田: 条約本文にはないが、「注釈」において、ファシリテーション・ペイメントは行政上の事務を促進するような少額であれば免責されることもありうる、となっている。実際、韓国、アメリカ、スペインなどの国内法では、ファシリテーション・ペイメントについて一定の条件を満たしているのであれば処罰されないという規定がある。
後藤: その額は150ドルぐらいか。
梅田: それはあるコンサルタントが調査して示した額であって、企業が払ってもいいと考えている値だ。どこの国の法律にも具体的な金額は出ていない。
後藤: 意見だが、サード・パーティ・レビューは、NGOが財政基盤を固めるためといってはじめても堕落するので、やらないほうがいいのではないか。
梅田: そのような意見もあって、実際には推進していない。
功刀: 国連の腐敗防止条約について、日本はまだ批准していないということだったが、なぜ作業が遅れているのか。次に、属人主義とおっしゃったが、これは企業の属人主義なのかどうか、ご説明いただきたい。また1970年代の終わりにUNCTADで、制限的商業慣行に関するコードがつくられ、ブライバリーも入っていたと記憶しているが、そのコードは今回の「ビジネス原則」に役に立ったのだろうか。
梅田: 国連腐敗防止条約の批准が出来ない理由は、共謀罪が規定されている組織犯罪防止法の改正に関わる法律が通らないため、条約批准の要件が満たされないからだ。具体的には、司法買収罪を刑事罰化するという規定がある。司法買収罪というのは、組織犯罪防止条約と、腐敗防止条約に共通する要素である。組織犯罪防止条約のみに関わる共謀罪関連の審議が長引いてこの法律は現在まで成立していない。結果的に、腐敗防止条約も批准できないという状況にある。次に属人主義についてだが、基本的に自然人の属人主義が念頭に置かれている。日本人が海外で滞在国の公務員に賄賂を払うのを日本の法律で処罰するということだ。不正競争防止法では、属人主義を法人には適用していない。したがって、日本企業の社員が海外で賄賂をつかったというとき、本社の指示があったのであれば、本社も摘発される。ただ海外の子会社が単独でやったときには、本社の責任は問われない。最後の制限的慣行に関する規制についてだが、当時のUNCTADのコードはガイドライン的なもので、法的拘束力はなく、あくまで参照すべきルールにすぎなかった。今回のビジネス原則は、麗澤大学が2000年に出した「ECS2000」(倫理法令遵守マネジメントシステム規格)に近い。企業がコンプライアンスの仕組みを導入するための原則だ。抽象的な行動規範ではなく、仕組みづくりのための枠組みと考えていただいたほうがよい。「ビジネス原則」は、二つの原則からなる。企業は間接的にも直接的にもいかなるブライバリーも禁止すべきであるという原則と、その実施のために贈収賄を防止するプログラムを実施しなければならないという原則だ。後者については具体的な基準が書かれている。「ビジネス原則」を参照する企業には、組織内に贈収賄を防止するための仕組みをつくることが要求されるのである。その仕組みをつくったかどうかを第三者がレビューしてチェックするのが、先に述べた「サード・パーティ・レビュー(TPR)」だ。
吉田: CPIの数値について伺いたい。数値化するにあたって客観性について、どういった議論があったのか。たとえばブラジルは、ランキングでは70位ぐらいだが、先日、出張で訪れた印象では汚職が大きな問題という印象をうけたが、思ったほど下位ではない。
梅田: 数値は、あくまでパーセプションを測ったものが。客観的な腐敗度をはかるのは難しい。例えば日本の公務員の収賄摘発件数をみると、戦後かなり減ってきている。こういう数字とちがって、あくまでパーセプションを測るものであるので反発もある。また使用されるデータのソースも欧米系の調査会社のものが多いうえに、腐敗防止に一生懸命取り組んでも、アチーブメントが評価されないと指摘する途上国側の声もある。これに関しては、中国の清華大学のグループが中心になって、アチーブメントを中心に評価する仕組みを開発中だ。台湾でも独自の指数化の試みがある。ただ、10年かけて広まってきたCPIをも乗り越えるものはなかなか出てこないのではないか。
碓氷: OEDEの多国籍企業のガイドラインについて拘束力が弱いとおっしゃったが、条約かどうか、コンセンサスを得ているが条約ではない規定かどうか、NPOとしてこの辺のけじめをどう考えているのかがわからない。教えていただきたい。またTI-Jが選んだ2006年の10大事件のなかに「
梅田: OECDのガイドラインは、法的拘束力を持たないものの、国家や企業が参照すべき基準である。OECDのガイドラインに「企業はこうすべき」とある場合、自社の倫理綱領などの中にその内容が含められれば(組織化)、それは意味を持つが、それがないと単に抽象的なルールとして書かれただけにとどまる。70年代の贈収賄についてのルールには、そのような傾向があったと考えている。
碓氷: 例えばISOなどでは,認証をうけた企業は基準を守る。ビジネス原則は、これと似たものなのか。
梅田: ISO14000は、規格スタンダードで原則がある。それを満たすために組織内の仕組みをつくり、その仕組みを審査機関が審査して認証を与える。ビジネス原則は、大まかなところではISOと似ているが、認証を前提としていない点で異なる。TI-Jが提案しているサード・パーティ・レビューは、追加的なものだ。
後藤: ISO14000についても広く誤解があるが、これは仕組みであって、仕組みを第三者がみるだけで、パフォーマンスをみているわけではない。ビジネス原則も仕組みをみるだけだ。ビジネス原則でも、やはりサード・パーティ・レビューを行なうのであれば、独立した第三者がどのような力量でやるのか定めないと、レベルは低くなる。原則を作ったところがやるのは矛盾になる。
梅田: 補足的に申し上げると、グローバル・コンパクトの第10原則は具体的に規定しすぎている。もう少し広くインテグリティ(誠実さ)を規定していれば、日本における大半の企業不祥事もひっかかるのに、腐敗防止に限定しているため、ほとんどの企業の不祥事は第10原則違反にならない。夕張の件だが、単年度決算で巨額の赤字を隠しつづけたというところに意図的な悪意があると認定した。
碓氷:
梅田: 他の自治体も関わっているが、手の施しようがなかったわけではない。的確な措置で防げた問題だったと考えている。TI-JのHPに800字ほどのコメントがついているので、そちらを参照していただきたい。
梅田: 租税回避がどこまで腐敗になるのか、判断は難しい。租税回避地の問題は、CPIの枠組みに反映されていないと思う。別問題として考えられているのではないか。だから、租税回避地国がランキングの上位にあるので客観性に欠けるともいえない。租税回避地の問題を抜きにしても、CPIはひとつの判断材料にはなると思う。
小田切: ビジネスの現場では、ファリシテーション・ペイメント(FP)が避けられない場面がある。中国などを担当していたとき、何度も現場に直面した。GCなど歯止めにはなるが、ビジネスを進める上で本当に効果的かどうかは定かではない。R-BEC006注ように、ファシリテーション・ペイメント
について透明性を担保せずに活用するという仕組みは重要だと思う。三井物産では、FP委員会をつくって、ぎりぎりの判断を行なっているが、FPを払い続ける、もしくは黙認すると、根絶はできない。ましてや条約のなかで免責条項があるとなると、根絶することを放棄しているともとれる。日本以外の欧米においては、どのようなベスト・プラクティスはあるのか、教えていただきたい。
梅田: R−BEC006とは、麗澤大学企業倫理センターが出しているプロダクトのひとつで、外国公務員贈賄防止に関するファシリテーション・ペイメント(以下FP)基準で、7つの基準からなる。英訳の作業にも参加したが、その際に、7番目の基準、人権や環境などより大きな価値を実現するために最初の6つの基準をクリアしなくてもFPの支払いを認める場合がある、となっていることに気がついた。これはFPを正当化するのではなくて、賄賂を正当化する議論だと思い、英語版からは自分の名前をはずしてもらった。この点は、センターでも意見が割れているところだ。他方、ビジネス原則では、FPについて一切禁止する方向にもっていくことを要求している。ガイダンス・ドキュメントには、BPやシェルの実践がでている。BPやシェルは、FPについて社内で認めないとういスタンスを明らかにしているとされている。ベストプラクティスが形成されているとすれば参考になるが、本当に実践しているかどうかはわからない。ただ三井物産がFP委員会を設置しているというのは、十分日本のベストプラクティスになる。
坂本: 先ほどの夕張の件だが、これは異質ではないか。町がなくなる危機感のなかで、やったことだ。結果として情報公開が遅れただけで、この件を入れるのであれば国についても同じことがいえるだろう。
梅田: TI-Jのメンバーである山崎教授が、
坂本: 国と国との外交は密約ばかりだが、そういう問題も情報公開を怠ったということで腐敗とみなすのか。
梅田: 政府同士の癒着も、それが腐敗かどうか、見極めるのは難しいと思う。
黒田: 最後に、少しだけお時間をいただいて、私が常務理事を務める「ほっとけない世界のまずしさ」が関わっている2008年G8サミットNGOフォーラムについてお話したい。最近の傾向だが、G8のような場に、NGOが関わろうとする潮流があり、このNGOフォーラムもそのひとつだ。パンフレットの組織図に参加しているNGOが挙げられているが、今は100を越えている。組織図をみていただきたいが、ユニットが3つある。中央集権的ではなく、それぞれがミッションを遂行しており、各ユニットがポジション・ペーパーを作っている。最終的に一本化するか別々にするかはまだ議論中だが、秋冬にかけて準備する。また来年の7月のサミットのアジェンダについての働きかけを、秋以降に行なう予定にしている。一般の方たちにもアピールするため、キャンペーンを行なう。今後にむけての取り組みをお話したい。サミットのアジェンダである気候変動とアフリカは大きな問題だが、これまでは別々に議論されてきた。しかしながら、この二つにはリンケージがある。それぞれのユニットをどうつなげるか、そのプロセスにいかにして南の国の声を入れていくか、といった点についても考えているところだ。対政府などの効果的なロビーイングも課題として残っている。日本の皆さんにどういう形でアピールしたらいいのか、皆さんのご意見もぜひ伺いたいと思っている。
功刀: 今日はTIについて多くを学ぶことが出来た。梅田先生には、グローバル・コンパ
クトに関連した討論に今後も是非参加していただきたい。黒田さんからは、2008
年G8サミットNGO フォーラムにつき最新情報と資料を提供していただいた。あり
がとうございました。
注麗澤大学「企業倫理研究センター」(Business Ethics and Compliance Research Center: R-bec)が、不正競争防止法18条の実効性を高めるための試みとして作成した、外国公務員贈賄防止に関する企業内意思決定の支援ツール。意思決定に際しての判断基準を整理し、具体的なケースに適用している。(R-BECのHPからダウンロード可能。URL:http://r-bec.reitaku-u.ac.jp/modules/mydownloads/visit.php?cid=4&lid=14)
(司会:黒田かをり 記録:久保田有香)