GRI (Global Reporting Initiative) について

                       GRI日本フォーラム代表理事 後藤敏彦

 

報告要旨                                                                             

GRI1997年暮れにアメリカのNGOセリーズ(CERES—Coalition for Environmentally Responsible Economics) が中心になりUNEP等に呼びかけて創られた団体である。

最初に、その歴史、作ってきたサステナビリティ報告のガイドライン、特に200610月に公表したG3(2006年版)について概説する。

ついで、こうした動きがでてきた背景として、企業でのCSRについて解説。

あわせて、SRI(社会的責任投資)の経緯と、それがCSRにどう利用されているか。さらに、国連の責任投資原則(PRI)をどう考えるか、などを社会的責任投資フォーラムの活動なども交えて議論したい。

最後に、GRIとグローバル・コンパクトとの提携、日本企業のCSRの特徴等々についても若干触れる。

 

資料

GRIについて

o         GRI (Global Reporting Initiative)はセリーズ原則を策定したセリーズとUNEP(国連環境計画)等が中心となって、当初は「環境報告書」について全世界で通用するガイドラインを策定することを目的に設立された

o         2002年にボストンから移転し、非営利組織として企業のサステナビリティ報告(Sustainability Reporting, 持続可能性報告)の世界的に通用するデファクト・ガイドライン策定を目的に活動している

 

GRI: ショート・ヒストリー

o         アカウンタビリティについての国際的な期待の高まりに応えるべく1997年に構想された

o         UNEPとのパートナーシップによりセリーズが召集

o         バランス、透明性、独立性原則に根ざしたマルチ・ステークホルダー・プロセス

o         ボストン>>>>アムステルダム(2002年9月〜)

o         マルチステークホルダーの理事会、ステークホルダー委員会(SC)、技術アドバイザリー委員会(TAC)によるガバナンス

 

U.N.とのユニークな関係

o         グローバル・コンパクト:GRIは、企業がグローバル・コンパクト原則の遵守を示すのに使える、公認された唯一の独立取組

o         UNEP: GRIUNEPコラボレーティング・センターの一つ

 

 

《 全体討論 》

 

野村

最初にいくつかの質問をいただいた上で、まとめて答えていただくかたちで進めたい。

松下

GRIによる国際スタンダードをつくるというプライベート・ガバナンスの取り組みは、今後、遵守に関わるルールづくりにどう結びつくのか。また欧州における企業に対する社会的信頼度だが、これを高める具体的な方策は何が考えられるか。最後に、GRIに参加している企業はメーカー系が多いが、開発金融などの分野への適用状況は如何か。

功刀

CSRが企業の信頼度の問題として語られるということだが、日本以外の国における状況はどうなっているのか。GRIは環境から始まったというが、他の分野、例えば労働・人権などについての基準も作成するのか。

後藤

後者の点だが、トリプル・ボトムラインを作った時点で範囲が広がったので、今ではむしろ環境が薄まっている。

功刀

GRIというのはビジネスなのか、NGOなのか、それともCSRを促進する媒介的中間組織か。

後藤

今まではNGOと考えていただくのがいいと思う。

高橋

GRIの手法は、GRIに取り組む一方でコスト面などで躊躇もある企業に対し、ヒットしてきた。今後は、社会的に考慮が必要な状況自身が企業の市場競争の対象になっていくと思うが、こうなるとGRIの手法は成り立たなくなるのではないか。今後は、どのような仕組みが考えられるのだろうか。

後藤

まず金融だが、GRIは金融サプルメントもつくっており、金融業がどう取り組むべきか議論はしてきた。だが日本の金融機関が不良債権を片付け、CSRに取り組み始めたのはここ1年のことで、製造業に遅れること10年という状況だ。一方で金融機関は、環境・経済・社会というよりも、エクイティ・プリンシプルや今年の4月にアナン事務総長が公表したPRI(Principles for Responsible Investmentに、むしろ関心を持っている。

CSRが企業の信頼度として語られることについて海外の状況だが、欧州でのCSRの議論は、企業の社会的責任もしくは信頼度というより関係当事者(政府、市民、企業)の関係性の議論になっている。日本語でいう個別企業の責任や信頼度の問題はcorporate responsibilityとして語られているが、socialという単語は抜けている。

欧州における具体的な失業対策だが、20003月のリスボン・サミットでは欧州をナレッジ・ベースド・ソサイエティにするという議論がなされており、このようなソサイティを目指すことを企業にやってもらいたいということだと思う。

ソフトローにおける正統性の問題だが、ISOについては、ある意味、条約で正統性がカバーされている(TBT協定)。GRIの正当性は、言葉は悪いが国連に擦り寄ってグローバル・コンパクトやUNEPとタイアップすることで、ある程度得られているのではないか。しかしながら、将来、GRIがビジネスになるとすると、タイアップは微妙な関係になってくるかもしれない。世界的には08年に予定されているISO26000が発表されれば、多くの企業はそちらに移り、ISOの正統性のほうが増すのではという個人的な感触をもっている。ISO26000は、社会的責任について会社だけでなく全てのOrganizationを対象としている。このISOはCSRのガイダンス・ドキュメントになるが、企業においては、何をやるのかやらないのか、経営陣によるプライオリティの判断が重要になってくる。これを間違えなければ、社会的信頼度が高まるだろう。

トリプル・ボトムラインで、環境以外の何ができて何ができないか。リポーティング・ガイドラインで理想は書かれているが、そんなことまで報告できないという企業があるだろう。この点は、まさに欧州と日本のルール作りの根本的違いが出ていると思う。欧州のルール作りは、理想論をまず作り上げ、実施において長いタイムスパンがかかっても平気だが、日本はそうはいかない。企業と官庁のせめぎあいのなかで、落としどころでルールをつくり、3年ぐらいは保たせようという感じだ。

小林

グローバル・リポーティングは、企業にどのようなポジティブな影響を実際に与えているのか。またISO26000は、企業以外のパフォーマンスも対象とすることで逆に元来のISOの魅力が薄まることはないのか。最後に、経済統合が進むアジア、特にタイやフィリピンにおけるCSRをめぐる状況について伺いたい。

石井

SRIにおいては第三者評価が重要になってくると思うが、実際、どのように行われているのだろうか。裁判所やメディアのてこ入れも含め、将来の第三者評価のあり方について伺いたい。

後藤

グローバル・リポーティングによるポジティブな結果だが、日本においては1000社以上から報告書が出されている。鶏と卵の関係だが、環境マネジメント・システムのようなものがあると、報告書のレベルが上がる。ガイドラインがあるために報告する一方、システム的な取り組みがあると向上するといえるのではないか。

アジアにおけるCSRは、ここ1、2年の間に猛烈に変わってきている。日本はこの急な動きにまだ気づいていないので危ない。しかしながら、気がつけば後は早いだろう。途上国は一般にISOについては反対だったが、実際に反対したのは日本だけだった。欧米も本音はいやだが、表面上は反対しない。

中丸

途上国からは資金や人材について何とかしてくれという話があった。

碓氷

仰ったようにISO標準はデファクト・スタンダードですから、膨大な技術資源をもつ多国籍企業群がリードして作られます。途上国むけにはかなり以前からISOの組織内にDevComというガス抜き場みたいな委員会が設けられてきたが、高度に専門的な仕事を行う各「テクニカル・コミッティー」では大部分の途上国は実質的にオブザーバー的な立場にしかなかった。トウィニング(twining)(途上国側代表と先進国側代表の共同議長)の制度が導入されたのは今回のISO26000が初めてだと思う。

後藤

第三者保証だが、企業評価を第三者が客観的にやることは不可能で、比較も不可能だ。では誰が評価するのか。これは主観であって主観性を受け入れる人がいれば評価になる。ファンド・マネジャーは、数ある評価機関による一定の点数以上のものを売ったり買ったりする、これがSRIの世界だ。

中丸

企業は、自分たちの業務の改善のために提示された基準を使いたいと願っている。かつて企業にいた際、UNEPによって提示された項目は、ほとんどできないものばかりだったが、勉強してやったという経験がある。

後藤

それでも基準が、やはり主観的であることに変わりはない。企業は日進月歩で変わっており、そのスピードに裁判所などは追いつかないだろう。

石井 

日本の一部を除く経済学者にはいまだに、日本の企業はCSRを果たすべきなのかという疑問を持っている者も多い。

後藤

日本の企業は経済学者を信じていないので平気ではないか。他方で経済学部にしろ、経営学部にしろ、企業の環境報告書をほしがる学生が多いと聞く。学生の関心度は高まっているといえよう。

碓氷

GRIはグローバルな規範として、今後もじわじわと企業や各国政府に影響を与えていくのではないか。さもなければ価値がない。GRIを作成した人たちの意識では、世界諸国に共通の規範的枠組みとして機能できるようなものを目指したのではなかったのか。

後藤

その点だが、むしろ各国の基準の統合というよりもコアな部分をつくってその他は各国が行う、つまりグローカライゼーションとして考えたほうがよいと思う。

碓氷

「コア」というと最大公約数みたいでかなり「ハード・ロー」的な感じになってしまうから、むしろ枠組み条約(framework agreement)みたいなものといってよいのでは。今日の話でふれられたG3の新しい細かいガイドライン、セクター・サプルメント、指標プロトコールも、企業次第で「適用レベル」をきめてよいということだから、やはりGRIは規範的「参照枠」(frame of reference)を提供するものといってもよいと思う。

後藤

作成した側はいいものだと考えていたが、アムネスティなどからすると人権が弱いという批判もある。

中丸

ひとつのルールですべてはカバーできないわけで、GRIにはGRIの役割があるだろう。

後藤

対するISO26000は、ガイダンス・ドキュメントであってシステム的なものではなく認証の対象とはしないといっている。

碓氷

ISO26000は、どの企業にもあてはまるべきスタンダードを考えるので、ISO900014000と同様、「パフォーマンス」標準ではなく、自主的管理「プロセス」の標準化をねらっている。ただし、企業内管理に加えて「ステークホルダー・エンゲージメント」と「パブリック・リポーティング」の要素をふくむから「第3のマネジメント標準」と取り沙汰されているが・・・。

中丸

企業は、やはりマネジメント・システムに仕上げてしまうと思う。

後藤

さらには、自分のところのマネジメント・システムに作り変えるのではないか。

中丸

GRIとISOは、競合ではなく補完しあうものだと思うのだが、どうだろうか。

後藤

共存か競合か、可能性は半々ではないか。

 

(司会:野村彰男 記録:久保田有香)