第四権力としてのNGOと市民社会
星川 淳 グリーンピース・ジャパン事務局長/作家・翻訳家
《 報告要旨 》
国際環境保護団体グリーンピースの日本支部である非営利活動法人(NPO)グリーンピース・ジャパンの事務局長就任後まもない立場で、国際NGOをテーマに話をするのはいささか荷が重いが、それ以前にも30年以上、一個人として、また作家・翻訳家として国内外に等しく目を配りながら仕事をしてきた経験をまじえ、市民社会(civil society)におけるNGOやNPOの役割を考えてみたい。原生林で知られる世界自然遺産の島・屋久島に根をおろし、自称“半農半著”の暮らしの中から書くこと、行動することを通して培った実学は、かならずしもアカデミックな考察と摺り合わせたものではなく、用語や概念に慣用との不整合があればお許し願う。
最初の疑問は、日本に市民社会が存在するかどうかである。弥生時代以降3000年の稲作農耕文化は、集団同調圧力による人間形成を定着させ、現代のように社会構造が大きく変わっても、新しい人づくりの展望は開けていない。第二次大戦後60年たって、いわゆる戦後民主主義を悪夢同然に拭い去ろうとする思潮が台頭したのは、むしろ社会的ノームへの回帰といえるかもしれない。一方、土着と外来とを問わず、上意下達とは異なる自治(self-governance)をめざす試みも確実に重ねられつつある。現在は、これらの要素がモザイク状に混在していると見るのが妥当だろう。したがって、NGO・NPO的な活動を支える土壌は豊かとは言い難く、グリーンピースを含め国内の市民活動団体が軒並み国際水準と比べて桁違いに少ない会員数で伸び悩むのは、その端的な表われと思われる。
ただし、欧米でもNGO・NPOが社会的に認知される道のりは平坦ではなかった。とりわけ、キリスト教風土になじむ慈善事業の枠を超えた異議申し立てや代案提示のアドボカシー活動は、1960年代以後の政治的・文化的変革とともに大きく進展したものだ。環境分野では、ヨーロッパにおける緑の党に代表される幅広い受け皿が活動の継続を担った。日本ではキリスト教的な慈善活動の下地がないうえに、1960年と70年に二つの山を迎えた政治の季節が次世代に引き継がれず、NGOが社会全体を動かすセクターに育っていない。阪神淡路大震災の救援ボランティア活動を契機として、この状況に変化が見えはじめたのは周知のとおりである。
こうした文化的背景とは別に、NGO・NPOの社会的認知に関してメディアの影響は見逃せない。立法・司法・行政の三権に対する第四権力(the Fourth Estate)としての言論セクターが、政府や大企業から独立した本来の機能を果たす社会ではNGOセクターが伸び、メディアが為政者に屈してしまうと市民活動も発展しにくい。この意味で、メディアとNGO・NPOとは特殊な近縁関係にあるといえるだろう。
たとえば、かつてメディアが高い独立性を標榜したにもかかわらず、2001年の9・11事件を境に大幅後退した米国、政府レベルでは米国と共同歩調を取ることが多いのに対して、メディアは引き続き比較的健全な権力チェック機能を保つ英国、もともと三権の分立が危ういうえに、メディアも政権に引きずられやすい日本 ― この三か国におけるNGOセクターの動向を比較してみると、メディアとNGOに特有な連関が浮かび上がってくる(これら三か国およびEU諸国のグリーンピース支部活動状況を例示)。近年のインターネット普及にともなう独立系メディアの台頭は、メディアがNGOの一形態であることを示唆している。
他方、NGO・NPOセクターと政府や企業の建設的な協力関係を模索する動きが80年代前後から浮上して、「パートナーシップ」、「CSR」(企業の社会的責任)といった括り方で注目を集める。グリーンピースでは、エクソン石油による大型原油貯蔵ブイの北海投棄を中止に追い込んだり、ドイツを皮切りに各国企業にノンフロン冷蔵庫の開発・製品化を求めたりしたキャンペーンがよく知られ、今後も重点分野であることは間違いない。同時に、協調・協働姿勢そのものが目的化すると、政府や企業の皮相的パフォーマンス(「グリーン・ウォッシュ」etc.)に利用され、本体業務の根本的改善につながらないこともある。
NGO・NPOがメディアと異なるのは、社会の現状をチェックする役割において同じ第四権力を構成しながら、それぞれの切り口から具体的に改善や変革に取り組む実践主体でもある点だ。しばしば政府や企業に先駆けて社会のニーズを指し示し、問題解決の先鞭をつける。逆に、そうしたNGO・NPOの働きが発揮されにくい社会は息苦しく、またさまざまな課題の処理や解決が遅れがちになるだろう。NGOセクターの活性度は、社会の健康バロメーターであるとともに、社会的な治病の進展も映し出す。
では、どうしたら人びとがNGOやNPOに参加しやすくなるのか。
雇用形態の流動化は、正規雇用の縮減や格差拡大という負の側面を持つが、ポスト工業化時代の狩猟採集社会化、つまり集団と同化していれば大過なくすごせた農耕文化の生き方から、一人ひとりがハンターの腕と感性を研ぎ澄まして人生を切り開く力も問われる時代の兆しかもしれない。その中で、NGO・NPOセクターはキャリア選択肢の一つとして重要性を増すだけでなく、狩りや採集を支え、それが不調でも生きていけるコミュニティ形成の中核を担う可能性が高い。団塊の世代の退職を皮切りに、元気な高齢層が壮年期とは違う社会参加を求めるトレンドの大きな受け皿にもなっていくだろう。
20世紀後半から力強い潮流となっている女性の多様な社会進出に加え、雇用の流動化と高齢者の社会参加欲求は、一方で若者の自分探しや中年男性のソバ打ちブームなど個に向かうベクトルを持つが、もう一方で市民活動を学校とする集団的意思決定のグレードアップにも向かいうる。グリーンピースのようなアドボカシーNGO・NPOの役割は、後者の学びの場として、国内外におけるより民主的で賢明な合意形成に寄与することだと考える。
UNをはじめ国際機関と市民活動の交差は、上述した広範なNGO・NPOセクターの活性化と成熟を基盤としてこそ実質的な成果をもたらすはずだ。政府系機関と国際機関のあいだだけでなく、国際機関とNGOのあいだを盛んに人材が往来するようになってはじめて、真の地球市民社会を語れるのではないか。1971年にカナダで生まれてアメリカで育ったグリーンピースは、その後ヨーロッパに中心を移し、ひと足先に米国中心を抜け出しつつ、アジア、中南米、中東にも活動を広げてきた。なおも残る欧米中心の理念や感性を、アジアなど他地域の足場も強めることでバランスさせ、真に東西南北を融合した国際NGOへと進化/深化させていきたい。
《 全体討論 》
久山:NGO、NPOの役割を考えるとき、メディアをどう利用するかが重要だということだが、これは、NGOの役割に関する間接的アプローチだと思う。直接的なアプローチとして、NGOのオーバーサイトの役割をあげることができるだろう。例えば、国連の諸会議の結果出てきた、さまざまなスタンダードやノームについて、オーバーサイト的な見地からシステマティックにフォローアップできればよいと思うが、この点についてはどのようにお考えか。
星川:表現としてはオーバーサイトであり、一度決めたことをどう実施し、またそれをどうチェックしていくかということは一つのマネジメントでもあると思う。これらを括って、フィードバックとして考える。メディアというものは、社会のパフォーマンスをある視点からフィードバックする。NGO、NPOというものも、政府では分からない部分の社会のパフォーマンスを、もう一度社会にフィードバックする一つの経路である。今おっしゃったようなことも、あるスキームが決定され、実施をした結果がどうであるかということをフィードバックし、それをまたパフォーマンスに生かすということだと思う。フィードバックという切り口で考えると、いかにフィードバックが正確であるか、必要な要件を拾っているか、そしてパフォーマンスを変化させるのに必要な部分にそのフィードバックが返っているかどうか、という問題のような気がする。一人ひとりの人間がどのような役割を担うのかという役割分担の問題であり、またその分担したものについて、一人ひとりがいかに正確に、有効に働けるかという、原則的かつ大切なことだと思う。
久山:実際的な問題として、NGOが国連のオーバーサイトに入ってくることがある。私は、それを推進すべきだと思っている。
星川:それは大事なことであろう。NGOにしか見えない、拾えない情報、結果というものがあるのだから、不可欠なことだと思う。
毛利勝彦:グリーンピースのイメージは、非暴力、直接行動であり、今までどちらかといえば独自に活動していた。これからは、パートナーシップを重視する方向へ向かうのか。しかし、その方向性は、今日の話にでてきた「ハンター」の直接行動的なイメージとは異なるのではないか。グリーンピースが環境NGOとして人々に認知されてきたのは、おそらく、メディアを利用した直接行動によるのではないかと思われる。それゆえ、今後どちらの方向に向かおうとしているのかを伺いたい。また、シングル・イシューではなく、環境と平和というイシューをリンケージさせようとするときには、さまざまなアクターとパートナーシップを組まざるを得ないと思われる。このバランスについてどうお考えか。
野村:国連の中にいると、国連にとって社会を動かすために報道してほしいことはなかなか報道してもらえないことを経験する。NGO、NPOの活動に関しては、既成メディアよりも、インターネット等を用いた独立系のメディアの方が直接的に報道してくれるのではないかと期待している。それゆえ、既成メディアと 独立系メディアをどうご覧になっているか伺いたい。
石井:第四権力としてのメディアとNGOは明確に区別されるべきではないか。この点の議論をつめていただけるとありがたい。また、NGOのリーダーに一番必要な資質とはどのようなものであるとお考えか。企業の経営者や政治家が必要とする資質とは異なるものであってほしい。
碓氷:毛利さんが質問された、企業とのパートナーシップについて気になっている。あまりに協調、協働体制を強調すると、グリーンウォッシュに利用されてしまう。そのようなネガティブな具体的事例はあるのか。
星川:毛利さんのご質問に対してだが、バランスや両方というのが好きなので、パートナーシップか、あるいは独立独歩のアドヴォカシーや批判を行うのかという点に関しては、両方だとお答えしたい。どちらかに偏らず、ケースバイケースで、またはタイムリーな判断によって、どちらを使うか考えたい。「キャンペーン」は、軍事用語で、作戦という意味である。ある種の作戦である以上は、巧妙に動きたい。あるときはパートナーシップを本気で組むし、またあるときは、その振りをして、痛いところをつくということもする。また、対立の姿勢を見せることによって、場合によっては協調のきっかけをつくるということもある。これらを柔軟に使い分けていくというのが、キャンペーンのアートだと思う。社会をより良い方向に変えていくために、芸術的にいろいろな手段を組み合わせていくということだ。さまざまなやり方を道具箱の中に持っておき、それらをどれだけ上手くアーティスティックに使えるかということや、そのアートをいかに磨くかということが、グリーンピースのようなNGO、NPOにとっては大切なことである。そのためにも、バランスと柔軟性が重要である。
シングル・イシューか、または扱うイシューの幅を広げるかという点であるが、大きな国際組織であり、予算にしたがって活動するので、それほど多くのことに取り組むことはできない。また、グリーンピース・ジャパン自体は小所帯なので、あまり幅を広げることはできない。個人の寄付だけで成り立っている団体に問われることは、貴重な浄財をどれだけ有効に使うかという点であるので、日本の社会にとってそのとき必要なイシューを上手く採り上げ、その中でどれだけアートフルなキャンペーンができるかということが重要である。なおかつ、グリーンピースのような団体は、「そこまで言うか、やるか」ということを敢えてやることが持ち味であり、役割だと思う。多くの場合、グリーンピースの扱うイシューは、WWFやFoEの扱うものと重なっており、それらと協調して進めていることも多くある。協調する部分と、独自性を意図して出すという部分がともにあると思う。
野村さんのご質問に対してだが、独立系メディアはアマチュアなので、切り込みは鋭いが、分析力や収集力が足りない点もある。その点、マスコミは、大きな陣容をもち、取材や研究に分業体制で取り組むことができる。独立系も既存のメディアも、それぞれ分業しているので、NGO側は両方を利用することが大切だろう。
石井さんのご質問に対してだが、NGOは、スタンス、動き方が近いという点で、第四権力の一翼を担い得ると思う。NGOとメディアの基本的な違いをあげると、例えば被災地において、メディアは、報道し、伝えるということをするが、救わない。一方、NGOは、手を出して救い、実際の変化をもたらすということに重きを置く。このような分業があること自体は妥当だろう。
毛利さんと碓氷さんが質問された、企業とのパートナーシップに関してだが、この点も、是々非々で、柔軟でいいと思っている。グリーン・フリーズのノンフロン冷蔵庫キャンペーンを成功させた前後に、いくつかの事例がある。例えば、イギリスのシェルによる北海での原油採掘基地廃棄の動きを阻止し、適切に廃棄させることに成功した。この運動の主体となったイギリスのグリーンピースは、企業とのパートナーシップを独自に進めており、毎年、シェルも含めたビジネス・ラウンド・テーブルのようなものを主催し、報告書を出している。企業側も参加することに意義を見いだし、グリーンピースも企業との緊張感に満ちたパートナーシップを維持することに成功している。日本では、まだ継続的なパートナーシップの事例はないが、一昨年、アサヒビールがペットボトルのビールを発売しようとしたときは、サイバー・アクションという手法、つまり、ウェブ上でアサヒビールへの反対の声を効果的に集め、同時に他の大衆キャンペーンを組み合わせることによって、販売を阻止できた。ビール業界全体がペットボトルビールの販売を検討していただろうが、それを現実化する前にいい方向に舵取りができたという意味では、一種のパートナーシップであろう。アサヒビールは恨みに思っている部分もあるようだが、グリーンピースとの関係が企業活動を変えたということを実感しているようである。CSRは言うは易しで、企業の宣伝に利用されるだけになってしまうこともある。それゆえ、NGO、NPOは、企業を本気にするために、爪を失わずにパートナーシップを組むことが必要だと思う。
最後に、NGOのリーダーに必要な資質が、政治家や企業のリーダーのものとどのように異なるかという点について、現在の時点で分かる範囲でお答えする。NGOやNPOは、「ノー」と言うことを歓迎しない日本の社会では嫌われる。それゆえ、日本人であれば、このような活動をすることにリスクやストレスを抱えながら、思い切ってやらざるを得ない側面がある。日本のNGOのスタッフも、人間的なケア、つまり、自分たち日本人が持っている農耕社会的な精神文化、皆と同じであればいいという部分を変えながら、しかも同時に社会も変えていくという二重の変革作業を行っている。それゆえ、日本のNGOのリーダーは、二重の変革の促進者として、かなり微妙な仕事を課せられているのではないか。例えば、環境NGOであれば、環境の問題に関する専門知識に詳しいという点でリーダーシップを発揮するだけではなく、日本人の古い体質から地球市民に生まれ変わるような人間の内面的変化を促進しながら、社会の変化をもたらすということもしていかなくてはならない。
石井:最近の若い学生は、どういう人間になりたいかという質問に対し、ウェル・バランスということをよく言う。それゆえ、星川さんが、バランス感覚が重要であると、全体論的にお話しになられたのが印象深い。政治家なら交渉力、経営者なら情に流されない等が資質としてあげられる。NGOのリーダーの資質はそれらとは異なるものであればよいと思っていたが、やはり、ウェル・バランスなのかと思った。
星川:都会に暮らしていると、人の形はしているけれど、「人間」がいなくなっているのではないかという悲しい思いにとらわれる。今まで自然を大切にする仕事をしてきたが、人間を育てるということも、自然を守ることの一部なのではないかと思い始めたところである。また、「バランスをとる」と言うと聞こえはいいが、別の言い方をすると、「綱渡り」である。とても大変な綱渡りであり、必ずしも余裕をもってバランスをとっているわけではない。それゆえ、これからの社会には、タイトロープ・ウォーカーを育てることが必要なのではないかと思う。
松下:今後の環境問題において、どのような戦略と優先順位を持っているのか。
中丸:公にはできなくとも、企業で実際に働いている人々は、社会をいい方向に持っていくために、NGOと協働したいと思っている。それゆえ、NGOのバランスをとる姿勢はよいことだと思う。
橋本:企業とのパートナーシップには、WWFも苦労している。どのようなパートナーシップがよいのだろうか。WWFでは、自然破壊の阻止のために、フィールドのスタッフからWWFのスタッフを経由して、個別企業に情報を提供している。しかし、そのような情報は表には出しにくい。この点が、WWFとグリーンピースの違いである。
吉澤:財政面について。WWFは、会費収入・寄付とも企業からのものが40%超に上っている。一方グリーンピースは、運動の独立性を担保するため企業からの資金を受け取っ
ておらず、活動資金の不足分は、本部(オランダ)が補っているという現状がある。
運動の独立性を担保することと、財政面での安定性を担保するジレンマをどう考える
か。
星川:グリーンピースは国際団体であるが、グリーンピース・ジャパンは、日本の経済や人口規模に比べるとかなり少ない、約5700人の会員に支えられて活動している。また、国際的なグリーンピースのコミュニティと日本のグリーンピース・ジャパンとの関係も複雑である。こうした状況を理解するのに1年くらいはかかるだろうが、現在は自分なりの方向性が少し見えてきた段階である。
まず、優先順位の問題であるが、小所帯のNGOは、あれもこれも手を出すことはできない。本当にいいキャンペーンをするためには、全力投球のキャンペーンをある時期に一つしかできないだろう。さもないと、日本の企業社会のように、オーバーワークで深夜まで帰れないという状態になってしまう。それでは、健康な社会をめざし、人間らしい持続可能な社会を作っていくことを提唱するNGO、NPOとしてはおかしいだろう。むしろ、企業文化とは異なる、人間らしい場にしたい。グリーンピースの場合は、取り組むテーマや優先順位はある程度決まっている。グリーンピース・ジャパンが今取り組んでいることは、世界のグリーンピースが全体として取り組んでいるものの中の一部である。それを、日本の社会のビビッドな関心や問題の在りかといったツボに、いかにしてはめ込むかという点が大切であろう。だが同時に、破壊や汚染の進行のような急を要する問題もある。急を要することと、日本の社会に必要とされることとのバランスを見極めながら、身の丈の活動をやっていきたいと思っている。
戦略の問題には、どれだけ人々の大きな共感を得られるかという点を見極めることや、グリーンピースなりのレゾンデートルが関係している。橋本さんがおっしゃったように、WWFにしかできないことがあり、グリーンピースにしかできないこともある。優劣ではなく分業でやっていけばよい。グリーンピースは、敢えて「そこまでやるか、言うか」ということをする一種の舞台芸術なので、できれば眉をしかめられるのではなく、笑いをとれるような、しかし的を射ていると思われるキャンペーンをしたい。グリーンピースはただでさえ嫌われがちだったため、キャンペーンのアートにユーモアは重要な要素である。しかし、個々の戦略はキャンペーンごとに異なるので、一言では言えない。
また、中丸さんのおっしゃったように、よい社会にしたい思いは皆一緒である。いかにその声をつなげ、よい方向への変化に結びつけるかが重要であろう。そのような気持ちを上手く引き出すための手がかりを提供して、状況を一歩進めることが、グリーンピースのようなNGO、NPOの仕事であろう。
資金の問題だが、グリーンピース・ジャパンを支える会員数は、5000人〜6000人の間を低迷している。私は物を書く人間として、あるいは翻訳家として、環境や平和の方面では多少名前が知られているので、今までのグリーンピースのオーディエンスよりも広く人々を惹きつけられるのではないかと期待されて事務局長に招かれたのだろう。NGOやNPOにとっては、人々の共感を得られる効果的なキャンペーンを行うことによって、理解や支持を広げていくという基本的なことが大切だろう。また、メディアとの関係も重要である。捕鯨問題以降、メディアから村八分にされている現状を何とかしたい。少なくとも、メディアともう一度話し合える関係をつくっていくことで、最初から偏見をもって報道されないようにしたい。何を伝えたいか、何をどういうふうに変えようとしているのかを理解してもらい、それを社会に伝えてもらう努力をしていきたいと思っている。滑りだしは上々だと思うので、それを大事にしていきたい。
功刀:世界全体のために、企業とのパートナーシップから効果をあげていくことに重点を置く、新しい形態のパートナーシップの視点が重要である。企業側も、自己利益追求以上のことをしている振りをして、安易にNGOとパートナーシップを組むと不利な結果になるということに気づきはじめている。今後、世界のさまざまな問題のガバナンスに対して、パートナーシップがどのような効果をあげていくことができるかというのが重要な問題であるといえよう。
(司会:功刀達朗 記録:千葉尚子)