オルタナティブ・グローバル・ガバナンスの検討にたちはだかる諸問題

 

佐久間智子  JACSES プログラム・コーディネーター

 

報告要旨

 

1.           背景

 

     意思決定のグローバル化:政府間:経済分野

運輸・通信技術の発達を受け、特に1980年代以降、モノ・カネ・情報が高速かつ大量に世界中を行き来するようになった。人の越境移動にはいまだ多くの制約が課されているものの、いわゆる「不法滞在」を含む国境を越えた人の移動は実質的に拡大している。それに伴い、越境する経済活動に関する二国間・複数国間・多国間の規制の必要性が増大している。

実際、GATT(関税貿易一般協定)1995年、より包括的かつ法的拘束力・強制力を伴うWTO(世界貿易機関)にアップブレードされた。また、WTOよりもさらに踏み込んだ自由化を実現するためのBITs(二国間投資協定)やFTA(自由貿易協定=二国間および複数国間)などが多数成立してきている。FTAは世界にすでに200以上存在しており、WTO交渉が難航する現在、主要な貿易パートナーとの自由化を早期に実現する手段として、その重要性はますます増大している。

 

     最恵国待遇(Most-Favored-Nation)原則の重要性

149の加盟国数を誇る唯一の多国間貿易制度であるWTOに対し、その不透明かつ非民主的な意思決定プロセス、およびその結果としての不公正かつ経済至上主義的な規制とその運用に対し、NGOや農民団体、労働組合などの市民社会組織だけでなく、数多くの途上国政府からも批判の声が絶えない。

にもかかわらず、WTO発足以来、WTOを脱退した国家は存在せず、新たな加盟国は増え続けている。現在も最貧国を含む30カ国近くの途上国が加盟申請を行っている。その理由は、WTOがすべての加盟国政府に付与する「最恵国待遇」が、特に国際交渉能力が不十分な小規模経済国などにとって、二国間協定や他の国際協定では得がたい国際貿易上の好条件を意味するからである。そのため、小規模経済国にとって、他国同士のFTAが増加していくことは貿易上の新たな差別待遇に直面することを意味しており、したがってWTO交渉で途上国の意見を尊重させるための「交渉停滞作戦」が、結果としてFTAの増加を促している現実は、途上国にとっての最大のジレンマとなっている。

 

     意思決定のグローバル化:政府間:社会分野

WTOFTAと並行して、環境・人権・労働などの分野でも、国際的な規制づくりが進められてきた。政府間交渉で成立してきた社会規制には、国連のECOSOC(経済社会理事会)などが中心となって進めてきたMEAs(多国間環境協定)や人権に関する諸規制などとともに、世界銀行などのIFI(国際金融機関)や各地域開発銀行、および各国の開発機関が取り入れるようになってきた、開発融資や投資・輸出信用などに関する環境・社会ガイドラインがある。

 

     意思決定のグローバル化:民間:経済・社会分野

政府間機関や各国政府が主体である上述のような国際的な規制作りと並行して、グローバル企業やその連合体、あるいはいわゆるNGOなどが主体となって成立してきた国際的な基準や規制が存在する。たとえば、ISO(国際標準化機構)の諸基準や、現在はコーデックス食品規格委員会の下に成立した有機食品基準に重要な示唆を与えたIFOAM(国際有機農業運動連合)の有機認証基準などである。

森林製品に関して多数並存する森林認証制度や林産物基準なども、各国や複数国間に多数存在するイニシアティブとともに、FSC(森林管理協議会)といったNGO主導による国際基準・認証制度が存在する。FSCを主導しているWWF(世界自然保護基金)は、水産物に関する国際基準・認証制度にも手を広げている。

 

     グローバルな仲裁制度

国際貿易・投資の分野では、WTOの紛争解決メカニズムとともに、国際投資紛争を仲裁する3つの主要な制度が存在する。国連のUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)、世銀グループのICSID(国際投資紛争解決センター)、およびICC(国際商業会議所)が設置する仲裁制度である。BITsFTAのほとんどが、この3つのいずれかを紛争時に仲裁を付託する制度として指定している。

 環境・人権などの社会分野でも、国際司法裁判所を始め、各協定が定める紛争解決のプロセスが存在している。しかし、上述した貿易・投資分野の紛争解決制度が、不遵守の場合に多額の損害賠償の支払い請求や効果的な制裁の発動を通じて強力な法的強制力を有しているのに対し、環境保全や労働者・消費者保護および人権擁護のための国際規制の場合、その不遵守に対してこれと同等以上の強制力を伴う制度は存在しないと言われる。

経済分野における規制不遵守による損害額は、その国際貿易・投資の規模や利潤予測などから比較的容易に算定できるのに対し、社会分野の場合、規制不遵守による環境影響などの社会的コストの算出という合意困難な作業が伴うという問題がある。(生物種の絶滅や古代原生林の破壊、気候変動など、現状復帰が不可能な損害でも金銭的賠償によって解決可能とされるようになることにも大きな問題があるだろう。)また、WTOの「たすきがけ制裁」に匹敵する効果的な制裁制度をMEAs等に取り込むことは、特定の環境問題と関連する産業分野以外にまで制裁対象を広げるなどを意味しており、それは協定の性質上実質的に困難であると思われる。そのため、MEAsなどの強制力を担保する手段として、WTOの紛争解決メカニズムを活用するというある種の現実主義的(?)な考え方も存在する。

 

2.矛盾

 

     その1:地方分権と意思決定のグローバル化

昨今、教育や社会保障の分野を中心に、意思決定を住民により近い地方自治体に分権していくことが議論されている。しかし同時に、教育や社会保障、文化事業、ユーティリティ産業などは民間投資の対象として、市場化(規制緩和・民間委託)の波にさらされており、それを推し進めるためのグローバルなルール(自由化)が誕生しつつある(WTOサービス交渉やFTAの投資・サービス分野の約束など)。

地方分権が公的サービスの民間依存構造をつくりだす手段となっているケースも存在する。たとえば、南アや米国のケースでは、地方分権と自治体への補助金カットを同時に実施することを通じ、公的サービスの民間依存を意識的に推進していると考えられる。

こうした傾向の下で、地域や国家のレベルで必要に応じて整備されてきた環境や人権などに関する諸制度・基準も、民間投資の利益追求にとっての障害とみなされれば、撤廃や改正を迫られることになることが、さまざまな事例から明らかになってきている。

 

     その2:市民社会組織の意思決定への参加の増大がはらむ危険

クリントン米大統領(当時)は、1997年に開催されたWTO閣僚会議(ジュネーブ)で行った演説の中で、NGOの紛争解決パネルへの参加を促進するよう求めた。その前提となる一般市民への情報公開や、開かれた貿易交渉プロセスについては一切言及することなく、パネルへの市民参加のみを強調した同大統領の真意は、米国の強力な環境NGOに米国の「偽装された保護主義」を擁護する役割を効果的に果たしてもらおうというものであったと推測できる。

昨年のグレンイーグルス・サミット(G8)では、イギリスの開発NGOが主導するグローバル・キャンペーンが、途上国の農業生産基盤を破壊しているEUの巨額の農業補助金の削減を訴えた。これもまた、EUの農業補助金を受け取っておらず、その大幅な削減を求めているイギリスの国益にかなうものであり、英政府の主張と完全に重なるものだ。グローバルな市民ネットワークにとって、特定国の国益に寄り添いつつ目的を達成しようとするNGOの存在は、どこまでが許容可能であるのだろうか? 「敵の敵は味方」という戦略を共有し、縦横無尽に各国政府の間を行き来する「グローバル化した市民」は、各国の一般市民の共感と信頼を得ることが可能なのだろうか?

また、当然ながら市民社会組織には経済団体や経営者団体、議員連盟など、多様な組織が含まれており、ボランタリーに組織されたこれら様々な社会組織が、正式な民主的な手続きを経ることなく国際政治の舞台、特に意思決定プロセスに参加し、影響力を行使できるようになることは、ある意味で「弱肉強食」の世界への逆戻りを意味することでもあることに留意すべきだろう。

 

□どうすべきか?

  以上、グローバル化が進む世界で、効果的なグローバル社会規制・基準を実現しようとする際に検討されるべき問題の一部を列挙してみた。しかし、この問題に関心を持つ社会運動にとって最大の難問と思えるのは、「環境の質」というような結果を効率的に確保するための戦略を重視するのか、あるいは、より多くの一般市民が複雑化する世界の現実に目をむけ理解を深め、民主主義的なプロセスに参加していくことを促すという、より根元的な変革を重視するのか、という点で、市民社会の意見が真二つに分裂しがちである、という点だ。

社会基準のグローバル化を求める研究者や実務者がこの点を看過して、機構論などの方法論に終始すれば、現在の市民社会のダイナミズムは、これを攻撃する方向に大きく作用する可能性さえあるだろう。