国連改革と東北アジアNGOの挑戦
川崎哲 ピースボート(1)
《 報告要旨 》
本報告では、戦後60年・国連60年の節目にピースボートが取り組んだ重点プロジェクトの事例を紹介しつつ、そこから見えてきた国家的・地域的・世界的な平和への課題と、その中でのNGOの役割に関して論点を指摘したい。
T GPPAC
紛争予防のための世界的NGOプロジェクト「GPPAC(武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ)」は、アナン国連事務総長の呼びかけ(2)に応えて欧州紛争予防センター(ECCP、オランダ)が中心となり2002年に開始された。世界15の地域プロセスが、それぞれ紛争予防の「地域提言」を作成。国際プロセスは、それらをまとめて「世界提言」を作成すると共に、今年7月にニューヨーク国連本部で世界会議を開催し、提言を国連事務総長宛に提出した。(3)
東北アジア地域プロセス
GPPAC東北アジア地域プロセスは、ピースボート(東京)、平和を創る女性の会(ソウル)、アジア平和連合(香港)の3団体を共同イニシエーターとして、活動を進めてきた。2005年2月に東京・国連大学にて東北アジア地域会議を開き、日本、韓国、中国本土、香港、台湾、極東ロシア、モンゴルのNGOから約50名が参加した。「GPPAC東北アジア地域提言――平和のための地域的メカニズムの創造をめざして」が採択された。平和・安全保障の分野で東北アジアのNGOが一堂に会し、共通の地域的平和像を論議したのは画期的なことであった。
東北アジア地域提言は、朝鮮半島や台湾海峡に象徴されるように東北アジアは「冷戦が残存する世界唯一の地域」であり、「武力紛争発生の危険性はきわめて高い」と警告する。そして、武力によらない紛争解決という日本国憲法9条の原則が「東北アジア平和の基盤として活用されるべきである」と謳っている。そして、「平和共存」(非核化、軍縮、信頼醸成、地域協力)、「平和的関与」(援助、PKO協力、災害予防・救援)、「平和文化」(歴史、人権、教育)、「平和のための経済」(持続可能経済、環境)の4本柱に沿って、計150項目以上の行動提言を、国連、政府、市民社会の3アクターごとに整理して列挙している。
今後は、GPPAC東北アジアを発展させ「東北アジア紛争予防・平和構築フォーラム」(仮称)を発足させることが基本合意されている。ウェブサイト、ブログなどの機能をもつ「オンライン・フォーラム」を立ち上げ、年に数回の「Eシンポジウム」を開催するほか、年に一回の「オフライン会議」も行う(ピースボート洋上会議。後述参照)という構想だ。「市民版6者協議」構想もある。
国際プロセス
7月のGPPAC世界会議には、世界中のNGOや国連本部・各国政府ミッションから約1,000名が集まった。国連政治局(DPA)が会議を全面的にバックアップしたほか、UNDPも熱心に参加した。ドイツ、オランダ、アイルランド、ノルウェーなどの政府が会議を支援した。(4)
「GPPAC世界提言」は「People Building Peace」を標題に掲げ、「紛争への反応から紛争の予防へ」という発想転換(Shift from Reaction to Prevention)を唱えた。国連、地域機関、政府、市民社会のパートナーシップにより早期警戒、予防外交、紛争後復興などの力を強化すると共に、貧困削減や軍縮・軍備管理を通じ人間安全保障を促進し「紛争の根源に対処」せよと説いている。
筆者は起草委員の一人としてこの世界提言作成に関わった。提言は国連、地域機関、政府、市民社会の4アクターごとに政策課題を網羅したが、多様すぎて絞り込みが弱いことは否めない。地域による視点の相違もある。例えば、国家間の武力紛争回避と核兵器や軍事基地などの「軍縮」を重視する東北アジアと、内戦の予防・管理と小型武器の拡散防止のための「軍備管理」を重視するアフリカの違いなどである。保護する責任(およびその中での予防する責任)やテロリズム、民間セクターなど、持ち越された課題も多い。
提言は「公正な平和を平和的手段で達成する」との理念を掲げている。また、世界各地の紛争予防実践例の一つとして日本国憲法9条を挙げ、「アジア太平洋地域全体の集団安全保障の土台」と紹介している。
GPPACに集った世界のNGOにとって、今後の対国連の2大課題は安保理および平和構築委員会への建設的介入である。安保理では9月に「紛争予防における市民社会の役割」を議題として審議が行われた(議長・フィリピン)。(5)平和構築委員会(平和構築支援室)に対するNGOの参加はGPPACが強く求めているところでもあり、総会での交渉の監視や介入努力が続けられている。
U 国連改革に関するパブリック・フォーラム
GPPAC国際プロセスは、2005年9月の国連サミットに向かう一連のプロセス(04年12月ハイレベルパネル報告、05年3月「In Larger Freedom」等)を意識し、これと並行する形で進められた。6月には国連総会議長主催で「市民社会ヒアリング」が開催されたが、GPPACはこれに組織的に参加し、その中でピースボートも参加・意見表明を行った。(6)
サミットに向けた世界的機運の中、日本国内でもNGOが外務省との国連政策協議を開始した。「国連改革に関する日本NGOの共同提言」(6月(7))の提出、外務省とNGOの初の共催による「国連改革に関するパブリック・フォーラム」(第1回、8月30日(8))の実現などである。
一連の動きで特筆すべきは、「In Larger Freedom」が設定した「開発・安全保障・人権の3本柱」に沿って、開発・平和・人権の3分野のNGOが分野の垣根を越えて協働したことである。開発では日本国際ボランティアセンター(JVC)、平和ではピースボート、人権では市民外交センターが中心となり、このプロセスを進めている。紛争予防、平和構築、人間安全保障、保護する責任など、従来のシングル・イシュー的発想では取り組めない課題が浮上する中で、重要な動きである。(9)
また、日本国内の関心が安保理常任理事国入りだけに矮小化される傾向がある中、国連政策に関する実質的な論議・協議の場として、このパブリック・フォーラムが定例化・組織化されていく必要がある。毎年秋の国連総会の前に、その年の日本の優先政策を協議するフォーラムを開催し、総会の後には総括と評価を行うフォーラムを行う、というのも一法であろう。
V ピースボートの取り組み
戦後60年にあたる今年8月、ピースボートは、韓国のNGO「環境財団」と日韓NGO初共催による「東アジア未来クルーズ」(約2週間。東京〜韓国〜中国〜沖縄〜長崎)を実施した(10)。日韓半数ずつ計600人の参加者が、船旅を通して、歴史、核、基地といった共通の問題を体験し論議した。アジアにおける反日感情およびこれと作用・反作用の関係にある日本でのナショナリズムの成長は、東アジアの平和・安全保障に暗い影を投げかけている。東アジアクルーズは、これに対する国境を越えた市民社会のオルタナティブであり、市民による信頼醸成への行動とも言える。日韓による東アジアクルーズは、毎年継続することに合意している。洋上では、GPPAC東北アジアを継続・発展させる会議も開催していく。
ピースボートはまた、来たる2006年1月より国連本部近くに「ニューヨーク事務所」を設置すべく準備を進めている。国連周辺に恒常的プレゼンスを持つことでGPPACの課題を継続・発展させると共に、東北アジアNGOコミュニティと国連をつなぐ橋渡し的存在として機能したい。各国のミッションや国連職員、NGOらを対象とした連続セミナーの開催などを計画している。
W 課題
いま必要とされているのは、戦後60年における「アジアの中の日本」という課題と、国連60年における「国連改革と日本」という課題の二つを同時に取り組む骨太なNGO活動ではないか。国連・政府・NGO間の協働は90年代以降急速に発展し、「パートナーシップ」自体は今や特別なことではなくなった。しかし、分野別に類型化された機能的パートナーシップの枠に甘んじていると、NGOは「下請け専門職」に収束していく危険性がある。NGOの原点は「現実の危機を解決し、未来を切り開く」ことであり、このような社会変革力がいま改めて問われている。
とりわけ東北アジアでは、@朝鮮半島、台湾海峡、核、米軍といった「ハードな安全保障」課題に直面せざるを得ず、高度に政治的・軍事的な論議を避けない政策協議の成熟が必要であると共に、A歴史和解、ナショナリズム、災害、環境・エネルギーといった多分野間の協力が不可欠であり、B地域的政治枠組みが空白の東北アジアにおける将来的な地域統合のあり方(EUやASEANのような東北アジア地域機関?)や、対米関係の変更といった大胆な構想力が求められる。改憲問題や米軍再編問題といった喫緊の政治課題に地域的・世界的視点を吹き込んでいくと共に、国連という舞台を活用して地域的・世界的平和への道筋を進むための戦略が求められている。
こうした観点からは、日本の市民社会はきわめて脆弱である。NGOはより高度な提言力を備える必要があるし、政府や議員は、そうしたNGOと協議する文化を形成することが急務であろう。
Notes
(1) かわさき・あきらkawasaki@peaceboat.gr.jp (ピースボート http://www.peaceboat.org )
(2) A/55/985-S/2001/574,
(3) GPPACの詳細は次のウェブサイト参照:http://www.gppac.net
http://www.peaceboat.org/info/gppac/ (地域提言・世界提言の英日両版がダウンロードできる)
(4) 紛争予防の”Group of Friends”が形成されている。
(5) S/PV.5264,
(6) http://www.peaceboat.org/english/nwps/cn/arc/050624/index.html
(7)「国連改革に関する日本NGOの共同提言――世界市民に責任を負う国連へ」
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/pdf/advocacy_un_reform.pdf
(8) http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/event/public_g.html
(9) 川崎ほか「『常任理事国入り』よりも大事なことはたくさんある」『世界』2005年10月号
(10) http://www.happytour.co.kr/green/src/main/main.asp
《 全体討論 》
功刀:3つほど問題提起があったが、全てタイムリーな問題である。まず、東アジアには、リージョナルな枠組がないということ。第二に、多分野間の協力の問題。シングル・イシューでないと、合意をまとめるのはむずかしいが、現代世界ではこのような努力こそ重要だと思う。この意味で憲法9条と国連の問題を関連づけ、東アジアという、中国と韓国を含んだフォーラムでこのアイデアをすすめているということは、画期的なことだと思う。第三に、市民レベルから、政府にも働きかけ、そしてリージョンを通じて国連と世界につなげていくという、バーティカル・リンケージという問題は意義のあることだと思う。
小林:環境問題におけるような、組織づくりはあるのか。ヨーロッパのOSCEなどは、会議を母体にして立ち上がってきたものである。それゆえ、3カ国なり、5カ国、6カ国なりの政治家レベルの会合を制度化していくことが具体的な出発点になるのではないか。外務省との対話のなかでは、具体的な提言が出ているのか。また、政治的リーダーシップも重要であるので、霞ヶ関だけではなく、永田町とのパートナーシップの構築に関してはどう考えているのか。
川崎:まず、外務省との関係の制度化に関しては、このパブリック・フォーラムを通じて、国内のレベルで、安全保障も開発も人権もすべて含めた国連政策全般を形にまとめていき、それを定期的な制度にしていけそうな手ごたえを感じている。もともと、ODAをめぐる開発問題での関係が、外務省と開発分野のNGOの間にはあり、そこを手がかりに、開発問題とリンクした平和の問題を国連というキーワードで広げていこうとしている。多国間の関係では、東アジアにおいて共通の枠組みを作る動きはまだなく、官僚レベルでも政治家レベルでもアジェンダにものぼっていない。まずは、市民社会からはじめなければならないというのが現状だろう。また、政治家との関係であるが、東アジアの将来に関しては、自由貿易協定の地域的な関係等、アジアの安定を経済の安定の問題とする人はいるが、平和の問題にまでつなげる人はまだ少ない。
石丸:経団連など経済界は、貧困の問題をやっと認識した状態であり、平和の問題は未だ認識していない。自衛隊の官舎でビラをまいて逮捕される事件や、個人情報保護法の問題もあり、会社の中での発言を躊躇してしまう傾向にある。NGOには、経済界が考え始める契機を生み出すことが必要である。
川崎:歴史的に平和問題において政府や企業と対決姿勢になってしまうことについて、NGO側で反省すべき点もある。企業の社会的責任がいわれている時代で、平和の問題が企業の中で受け入れられない背景であるだろう。東アジアの主要な企業体がアジアの安定のためにどういう責任をとるべきか、というような「リージョナル・コンパクト」を考えることも大切であろう。そういう中に受け入れ可能な形で、あまり性急すぎないように、例えば、アジアの武器貿易を若干減らして、その分をアジアの災害救援や鳥インフルエンザ問題への共通の対策などにまわすというような議論からはじめるのがよいだろう。
石丸:経済界の中には、NGOという存在自体を警戒する空気がある。それを認識しながら、巨大な軍事費の内、たった1兆円にしかならない世界の数億人分の子どもたちの教育費に振り向けるような活動をするとよいのではないか。
功刀:国連改革パブリック・フォーラムについて、先日の勉強会で話題になったが、国会議員がくると、外務省の人達は自由に発言できないらしい。しかし、参加を歓迎すべきだ。企業の方やマスメディアの方が来ることも望ましい。
石丸:外務省だけではなく、経済産業省なども巻き込むとよいだろう。
功刀:紛争防止や紛争後の平和構築に関して、紛争ダイヤモンドの問題や、環境を悪化する資源開発の問題等、必ずしも表には出てこないが、企業の役割と責任は非常に大きい。アナン事務総長も、企業の代表を呼んだ安全保障理事会の特別会合で、企業は紛争問題について自分たちがどのような役割を事実上果たしているのかということをもっと考えるべきだと指摘している。
谷村: 東北アジアのNGOの場合、市民活動とはいえ、その活動の根本的なロジックが、「国民共同体」の延長線上に見出せるものも少なくないが。
川崎:中国のNGOと言っても多様であり、イシューによって発言する内容や主体が異なる。しかし、時々喧嘩もしながら一つにまとめていくのは楽しい作業であった。また、ロシアやモンゴルのNGOには、元政府高官が立ち上げたものもあるなど、この問題は、各国の民主主義のあり方を反映している。しかし、市民社会レベルでできなければ、政府レベルでは無理であろう。この地域には冷戦構造が残っており、政府もNGO(市民)も冷戦マインドをひきずっている。9条を守るだけでなく、東北アジアが一つの平和運動をつくっていくことが今後の課題であろう。
谷村:かりに憲法9条を東北アジアの平和運動にとって重要と位置づけるなら、同様な趣旨の条文が、各国憲法にそれぞれ盛り込まれるように、市民運動を展開するということもひとつの方策であろう。ただ、NGOといっても、特に近隣諸国のなかには「国益」を大きく引きずっているものもある。そうした団体が、「地球市民」として、9条の「理想」をともに築くための運動を各国内でも展開するように働きかける必要が生じるが、容易な作業ではないであろう。
川崎:国益論を越えて、地域全体の市民社会としての人権、歴史、平和といったような、ある種普遍的な理念を構築することが必要だろう。
碓氷:まず第一に、北東アジアという不安定なところを、近隣諸国とは言えても、「地域」ということができるのか。第二に、ハードな安全保障問題を扱うのは難しいのではないか。ノン・コンベンショナルな分野の方が日本のNGOは活動しやすいのではないか。第三に、国連という、グローバルなものと、地域のテーマは重なるのか。
内田:シングル・イシューの限界を超えることは、理論的には正しいであろう。しかし、実際のNGOの活動において果たしてありえるのだろうか。それは、NGOが有している専門性を失わせることになり、現実的だとは思えない。それよりも、専門NGOのネットワークをつくってホーリスティックな活動に収斂させていくことの方が重要なのではないか。
川崎:第一の点に関して、東北・北東アジア・東アジアという枠組みの設定がベストということではない。現在、6カ国協議の枠組みに出てきている国を中心にもっと広くとらえたい。第二の点に関して、東アジアあるいは日中韓共同で、災害救援や病気の問題に対処することが、将来的にハードなセキュリティ問題に関しても協議していくことにつながるのではないか。第三の点に関して、国連が地域の問題を解決するための窓口になることは可能であるかどうかの答えはまだわからない。しかし、国連のイニシアティブによって地域の会議を開催することができたのも事実である。国連を通じて地域が固まっていくということもあると思う。最後に、シングル・イシューの問題についてであるが、シングル・イシューを超えた大きなNGO組織をつくることを求めているのではない。NGOの活動はシングル・イシューごとに行われていくだろうが、各イシューの置かれた文脈を忘れがちになることに対して警鐘を鳴らしている。NGOは、世界の全体状況を意識し、大胆に構想し、ハチャメチャにやることも必要ではないか。このようなことは、課題を超えたインタラクションから生まれてくるのである。
(司会:功刀達朗 全体討論記録:千葉尚子)