知的財産保護国際規範作りの歴史的展開

植村昭三




■報告要旨

I. BIRPI時代(19世紀末−1960)
_ 基本的枠組構築:パリ条約(1883)、ベルヌ条約(1886)、BIRPI(知的所有権保護合同国際事務局);目的条項なし;10−20年毎に、改正作業
_ 特別取極による補完(マドリッド、ヘーグ協定等)

II. 国連(UNCTAD)・WIPO時代(1960−1986)
_ 国連総会(1961):ブラジル/コロンビア共同提案(「開発途上国への技術移転における特許の役割」に基づく決議)
_ 国連事務総長報告(1964):「開発途上国への技術移転における特許の役割」
_ UNCTAD設立(1964);決議「技術移転」(1972)
_ WIPO設立条約(1967)、WIPO設立(1970):目的条項(知的財産国際的保護推進)
_ PCT採択(1970):開発途上国の経済発展を前文に謳い、開発途上国技術援助規定を導入
_ 国連、WIPO、UNCTAD共同報告書(1974):「開発途上国への技術移転における特許制度の役割」
_ WIPO

1. 国連専門機関(1974)(技術移転支援、をWIPO任務として明記)
2. 調整委/パリ同盟執行委(1974):パリ条約改正問題検討政府専門家会合創設
3. パリ条約改正外交会議(1980−1984まで四期):非自発的実施権条項などを交渉、終結に至らず(強制実施権、地理的表示等)
4. 特許法調和条約交渉(1985−1991):外交会議開催(1991)されるも、採択に至らず

_ 国連/UNCTAD

1. UNCTAD制限的商慣行に関する原則とルール(1980)
2. 国連技術移転国際行動規範案(1985、非採択)

III. GATT/WTO・WIPO時代(1986−2000)
_ GATT/WTO

1. プンタ・デル・エステ宣言(1986):知的財産権の貿易的側面
2. WTO設立、TRIPS発効(1995):パリ・ベルヌ+の最低限保護水準、最恵国待遇(MFN)規定、権利執行規定、紛争処理規定;同時に、公益のための例外(27条など)、開発条項(7条目的(技術移転促進)、8条原則(公益保護、技術移転促進)など)

_ WIPO

1. WIPO‐WTO協定締結(1996):TRIPS実施に当たり、相互協力関系を樹立
2. WIPOインターネット条約(1996、WCT,WPPT):TRIPSプラス、2002発効
3. ヘーグ協定ジュネーブアクト(1999):国際意匠登録制度、2004発効
4. PLT(特許法条約、2000):方式、手続法の調和、2005発効

IV. 多国間フォーラ多極化時代(2000−現在)

1. フォーラ
(1)政府間機関(多国間機関のみ)

    • 国連機関:総会;ECOSOC(経済社会理事会);UNPFII(国連先住民族問題常設会議);CHR(人権委員会):UNHCHROHCHR)(国連人権高等弁務官(事務所));PFII(先住民族問題常設会議);UNCTAD(国連貿易開発会議);UNDP(国連開発計画);UNEP(国連環境計画);SCBD(生物多様性条約事務局)UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)
    • 国連専門機関WIPO(世界知的所有権機関);UNESCO(国連教育科学文化機関);FAO(国連食料農業機関);IFAD(国際農業開発基金)WHO(世界保健機関);ITU(国際電気通信連合);UNIDO(国連工業開発機関);ILO(国際労働機関);WB(世界銀行)
    • 非国連機関WTO(世界貿易機関;前GATT);WCO(世界関税機構);UPOV(植物新品種保護国際同盟);INTERPOL/ICPO(国際刑事警察機構);HCCH(ヘーグ国際私法会議)

2)非政府間機関
  ICANN(Internet Corporation For Assigned Names And Numbers)

2. 国際政策課題

技術移転;貿易;環境/遺伝資源(GR)/伝統的知識(TK)/生物多様性/伝統的知識(TK)/伝統的文化表現(TCEs)/フォークロア(EoF)/文化多様性/先住民族問題;公衆衛生;人権;開発;情報社会/IT/インターネット;国際私法;エンフォースメント

(例1)環境/遺伝資源(GR)/生物多様性/伝統的知識(TK)/伝統的文化表現(TCEs)/フォークロア(EoF)/文化多様性/先住民族問題
_ WIPO: 政府間委員会(IGC、2000)、特許法常設委員会(SCP)、PCTリフォーム作業部会:国際的保護スキーム、GR開示要件などの検討
_ WTO:TRIPS理事会、TRIPSと生物多様性条約、TK、EoFとの関係の検討;貿易レジームと環境レジームの関係の検討(ドーハ閣僚宣言、2001)
_ UNEP/SCBD:アクセス・利益配分(ABS)作業部会(原産国の国際証明制度、利益配分の国際的レジームの検討)、TK作業部会設立(2004)
_ FAO:ITPGRFA(食料農業用植物遺伝資源条約(仮称)、2001):主要農作物のアクセス方法と利益配分を規定。多国間システムを想定、IP条項、Farmersユ rights(国際条約に初めて登場)あり
_ UNESCO:文化多様性に関する世界宣言(2001)、無形文化遺産の保護に関する条約(2003、無形文化遺産の保存・保全);文化多様性条約策定交渉(政府間会合設置):文化多様性の保存・保全措置、既存知財条約との関係
_ UNPFII(2000):ECOSOCの諮問機関、先住民族問題に関する助言、啓発、情報発信等を行う。WIPO、UNESCO、CBDなどの関連事業に対し先住民族の観点から勧告作成
_ その他:UPOV、 UNCTAD、 UNDP、WHO、 UNU 、OHCHR、WB、IFADなど

(例2)公衆衛生
_ WTO:ドーハ閣僚会議「TRIPS協定と公衆衛生に関する宣言」(2001)、一般理事会合意(2003. 8. 30)
_ WHO:知的財産権・技術革新・公衆衛生委員会(CIPIH)(2003年設立):途上国向け新薬開発奨励策の検討
_ WIPO:開発途上国の技術・法整備援助
_ その他:UNAIDS、UNCTAD、WBなど

(例3)開発
_ 国連
・・ミレニアム宣言(国連ミレニアム・サミット、2000):「平和、安全及び軍縮」、「開発と貧困撲滅」、「環境」、「国連強化」等について幅広く言及(グローバル化に伴う開発途上国の特別な困難を認識、など)
・・ミレニアム開発目標(MDGs):8つの目標と18のターゲット、2015年という達成期限と具体的数値目標
ミレニアム開発目標MDGs
目標1:極度の貧困及び飢餓の撲滅
--------------
目標6:HIV/AIDS、マラリア、その他の疾病との闘い
目標7:環境の持続可能性確保
目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
【ターゲット12:さらに開放的で、ルールに基づく、予測可能でかつ差別的でない貿易及び金融システムを構築する。(良い統治、開発及び貧困削減を国内的及び国際的に公約することを含む。)】


・・UNCTAD サンパウロ・コンセンサス(2004):政策余地と国際規律との適切なバランス、多国間貿易ルール(知的財産権、貿易と環境等)の開発の側面に関する調査・研究)
・・ILO グローバル化の社会的側面に関する世界委員会(2002):委員会最終報告「公正なグローバル化:すべての人々に機会を創り出す」(2004);知的財産権に関しては、グローバル・ガバナンスにおける公正な貿易ルールという文脈で、技術生産者と低所得国技術利用者の利益バランスの重要性を勧告
・・UN事務総長報告「より大きな自由を求めて」:全ての人々のための安全、開発、及び人権に向けて」(2005. 3):欠乏からの自由(開発)(ドーハラウンド交渉における開発関連約束の遂行、等)、恐怖からの自由(平和と安全)、尊厳をもって生きる自由(法の支配と弱者保護)、国連強化(国連機構改革)を提言
・・ミレニアム宣言に関する国連サミット(2005. 9)
_ WTO  ドーハ閣僚宣言(2001):「Doha Development Agenda」と呼ばれる;同時多発テロの発生に象徴されるグローバル化の負の側面(格差拡大等)に対処し、世界経済の安定的発展のためのWTO制度の強化と、途上国を世界貿易体制に取り込んでいくことの緊急性が認識;知的財産権については、公衆衛生、CBD関連(前出)
_ WIPO  「WIPO Development Agenda」(開発促進の観点からWIPOの任務・統治の見直し、開発促進に資する規範作り、技術移転・競争政策の検討、等の提案): 2004. 9一般総会でアルゼンチン・ブラジル提案、会期間政府間会議(IIM)創設;2005. 4第一会期(開発フレンズグループ提案); 2005. 6及び7に予定。

(例4)情報社会/IT/インターネット
_ 国連/ITU:世界情報社会サミット(WSIS):(1)2003. 12 第一フェーズ(ジュネーブ)、基本宣言及び行動計画を策定、WGIG(インターネット統治作業部会)設立(知的財産権問題検討)(2)2005. 11. 16-18 第二フェーズ予定(チュニス)
_ WIPO:(1)「デジタルアジェンダ」(1999):電子商取引と知的財産に関するWIPOの扱うべき課題を総括)、(2)ドメインネーム紛争処理:WIPOインターネットドメインネームプロセス(第一次(1998)及び第二次(2000))によるUDRP策定、改善のための対ICANN勧告、AMC(調停仲裁センター)によるドメインネーム仲裁サービス、(3)IPシステムと情報社会に関するオンラインフォーラム(2005. 6. 1-15)、(4)視聴覚実演に関する国際文書、放送事業者の権利に関する国際文書(交渉中)
_ WTO:「グローバル電子商取引に関する宣言」(第二回閣僚理事会、1998)で検討開始

■参考資料

世界知的所有権機関(アップデート) 2005年7月1日現在

1. 機構

加盟国数:182、パリ同盟168、ベルン同盟155(国連191、WTO147);IGO数66;NGO数181(国際)+13(国内)
職員数:938(95カ国)
予算:6億3,800万スイスフラン(2004−2005会計年度)
所管条約数:23(産業所有権関連15;著作権関連7;WIPO設立条約

2. 歴史

BIRPI1893)−WIPO設立(1970)−国連専門機関(1974

3. WIPOの使命−知的財産(IP)の保護促進、技術移転促進

ビジョン−知的財産権は経済発展のツール
戦略−IPカルチャーの醸成、デミステイフィケーション
チャレンジ−IT化、グローバル化、公共政策・公益、開発

4. 具体的事業

(1) 国際的知的財産権法の発展
商標法条約(1994)−改正外交会議(2006. 3予定)
特許法条約(2000)−実体特許法条約(現在作業中)
放送事業者の権利保護、著作性のないデータベースの保護、視聴覚実演の保護−現在作業中
(2) 知的財産権国際保護制度
特許協力条約(1970)−特許の国際出願、その手数料収入はWIPO歳入の8割を賄う。
マドリッド・システム(1891)−商標の国際登録、プロトコル
ヘーグ・システム(1925)−意匠の国際登録、ジュネーブ・アクト
(3) 新たな課題の検討
遺伝子資源・伝統的知識・伝統文化表現(フォークロア)
エンフォースメント、ライフサイエンス
(4) 調停・仲裁センター:知財関連紛争、ドメインネーム関連紛争の処理
(5) 情報技術
「WIPOデジタルアジェンダ」(インターネット条約、WIPOnet構築等)
(6) 開発途上国協力
WTO(世界貿易機構)との連携、WWA(WIPO Worldwide Academy)設立
「WIPO開発アジェンダ」

 

■全体討論

質問とコメント

碓氷 尊: 感想として、知的所有権のルール作りの問題について、文化多様性や伝統的知識の保護については比較的進展が見られるが、利益配分や分配ゲームの発生により形成された規範がはっきりしないことがある。すると、法律の議論ばかりで全体のポリシーがわからなくなることが多い。交渉の中心になって動くのは法律の専門家でない外交官であり強硬な談判が行われる現実では、同じ人物が異なるフォーラムで議論し、実は横のつながりがある場合があるのではないか。

久山純弘: 縦割り、横割りの問題に関連し、国連改革のコンテクストでは、具体的にコーディネーションを強化するにはどうしたらよいか。

WIPOの財政的基盤はUNと異なり、従来十分な資金を持っていた機関であったのに、なぜ傾いてきたか。UNDPの地位の低下の例と類似性があるのか。WIPO事務局内のマネジメント、特に財政的マネジメントの問題はあるか。

高橋一生: 国際機関の展開はパターン化している。役所間協力のような機能主義などから、内容は開発主義に変容し途上国中心の技術協力へと移り、技術協力の肥大化へとつながる。その後、グローバリズムへと展開してきた。知的所有権の問題では、つい最近に開発主義に入ったばかりであって、今後知的財産権分野でのグローバリズムの流れの展開はどうなるのか。WIPOにおける外交官の役割の増加にも関連して、NGOなどCivil Societyや企業の参加などアクターに対して、WIPOはどのような姿勢をとっているのか。知的財産権分野の複雑性に関連して、誰が中心的役割を果たしているのか。

石井貫太郎: 開発途上国の団結が一枚岩ではないことについて、途上国内のリーダー国が先進国よりになってきたのか? 国益の兼ね合いで、途上国と先進国の線引きが変わってきたのか。

毛利聡子: ドーハ宣言で、HIV/AIDS治療薬の自国内生産が強制実施権の行使で認められたが、実際にこの権利を行使した国はない。また、二国間のFTAのいくつかには、強制実施権を行使しないという約束(TRIPSプラス)が入れられている。このことについて、WIPO主導で国際規範を作る動きは、どの程度、進んでいるのか。

 

報告者の応答

 

知的財産権は私権に関わることからその国際規範作りは利益分配、マネーフローに直接影響し、また各国の経済、文化、社会にもインパクトを与える、との認識の高まりから、困難な様相を呈している。例えば特許の分野では政治問題・南北問題化し、また著作権の分野では、いわば“ハリウッド対欧州映画産業界”といった対立構造をとることがある。

ジュネーブでは外交官の横のつながりは強い。WIPO交渉ではグループ交渉が一般的であり、そのグループ交渉主体は在ジュネーブ外交官である。かつての途上国グループG77はアフリカ、アラブ、アジア太平洋、ラ米といった地域グループに別れ、先進国グループ(Bグループ)などと交渉する形態をとっている。同じ外交官が、WIPOとWTOなど複数のフォーラムでの交渉を担当していることも多く、交渉カードを総合的戦略の中で使うことも考えられ、それがWIPOだけでのコンテクストでの問題解決を困難にしている、との見方もある。また柔軟なポジションの国があっても、強硬なポジションがグループの戦略ポジションとなるためその影に隠れてしまうといったこともあり得る。

非国連機関はもとより、国連組織でも国連と国連専門機関ではガバナンスが異なる。縦と横との調整が今後の重要な課題と認識している。問題が専門化する中で、横への広がりは避けられない状況にある今日、国際的調整を短期に実現することは困難であり、当面、各国政府部内での調整が重要と認識する。

WIPO予算は従来二桁の伸びを示し、事業拡大と共に、土地、建物の買収、増改築も併せ行われてきたが、現在の二年予算でマイナス4%強のカットを経験し、更に来年からの二年予算としては約6億スイスフランから5億スイスフランへの大幅カットが提案されている。WIPOの歳入はPCT(特許協力条約)による国際特許出願の手数料収入(以下、PCT収入)で約8割が賄われ、国の分担金は全体の1割に満たないところ、そのPCT収入が予想を下回り、かつ手数料値上げによる歳入増提案が先進国の反対により認められなかった。これにはPCT収入が手数料値下げなどPCTの運用改善以外の目的、例えば開発途上国援助に使われることへの、先進国の不満が背景としてある。

WIPOは常に問題が政治化しないように、そして技術的、専門的な議論の場として機能するように努めてきた。しかし近年のグローバリズム進展に伴う開発問題などに関連して知的財産問題も政治化の傾向を否めない。WIPOは長年にわたり特許法の実体法調和条約策定を試みているが、かかる状況に鑑み、「パテント・アジェンダ」なるイニシアチブをとり特許問題の今後の国際的取り組み方について総合的検討を呼びかけた。先進国は基本的にTRIPSの保護レベルでの制度調和を、開発途上国は、「one size does not fit all」、「balanced」、「flexible」などのキーワードの下、開発目的優先論を展開、対立構造が浮き彫りにされた。この構図は、アンチグローバリズムの市民運動が進み、また「policy space」の重要性を唱えたUNCTADを含め国連の中心的課題として議論される中、時間経過と共に先鋭化し、現在は、WIPOのほとんどすべての交渉に組み入れられ、コンセンサス形成を困難にしている。

NGOの参加に対してWIPOは比較的オープンで、約200の国際・国内NGOがパーマネント・オブザーバーとして指定され、また関心あるNGOはその会合ごとにほとんどすべてアドホック・オブザーバーとして参加が認められてきている。またWIPO事務局長の諮問機関としてPAC(政策諮問委員会)とIAC(産業界諮問委員会)があり、後者の委員会を通してもNGO、産業界の意見吸い上げを行っている。リサーチについてもWIPOは単独で多くの成果を出しているが、国際連携も重要で、特にWWA(WIPOワールドアカデミー)は今後その中心的役割を担うであろう。

開発途上国の中でも、いわゆるBRICsに入るブラジル、インド、それにエジプトなど中進国のリーダーシップが顕著、という印象がある。また開発関連の交渉でも、グループ毎に、あるいは個別国単独で、異なる動きをすることがあり、途上国も一枚岩ではない。

 

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