多国間主義と軍縮外交−国連議長の経験から

猪口邦子




報告要旨

    マルチの軍縮における議長の役割は大変重要視されている。私は2年間の在任中に、軍縮会議、核軍縮、生物兵器、小型武器、地雷・不発弾の5つの会議のうち、軍縮会議、小型武器、そして地雷関連の議長を務めた。

    マルチ外交議場:国際的な合意形成

    新しい取極めをつくる際、まず主要国にその重要性を働きかけ、非公式の協議を繰り返す。その理由は、条約交渉に至るまでの間に行動計画など政治的な文書に合意することが実効性を確保するために欠かせないからである。その後、国連総会の第一委員会にて決議案が起案され、多数決によりそれが採択される。しかし、全会一致で採択されなければ決議案の下で立ち上げる政府専門家会合(GGE: Group of Government Experts)などの組織的な措置をとることが予算的に困難になる。政府専門家会合では協議の後報告書が作成される。報告書は事務総長に提出され、事務総長はそれを総会に報告する。総会はその勧告に基づき、次の措置を決議案で決めるのである。

    小型武器の分野に関しては2002年の決議案で中間会合の設置が合意され、2003年の小型武器決議案によりトレーシング会合という交渉会議の設置が決定された。いずれの決議も全会一致で採択されたため、2002年の決議に基づき2003年7月に第1回国連小型武器中間会合が開催された。また、2003年の小型武器決議案に基づき2004年4月からトレーシング交渉会議が開催されている。2006年には議定書のような交渉結果が得られるであろう。
    従って、国際的な合意が形成されるためにはまず政治的な取極めが行われ、次に法的な取極め、そしてそれが採択されると全世界が法的に拘束される結果につながるのである。


    武器と非合法流通・冷戦後の軍備管理

    軍縮とは大量破壊兵器(核・化学・生物兵器)と通常兵器の2つに別れる。通常兵器には小型武器などが含まれ、小型武器は紛争が終結しても政府に撤収されないため、滞留して大量の被害者を出してしまっている。小型武器の被害は年間40〜50万人である。この統計の中には非合法の流通による小型武器のミスユース(自殺・殺人・虐殺など)の件数も含まれており、その理由は、殆どの場合それらが戦争関連の死として結び付けられるからである。ある地域が紛争状態に陥ると、一気に小型武器が流入し、大量の非合法の取引・ブローカリング・所持・ミスユースがなされる。内戦状態にある地域は経済が破壊されているため非合法の小型武器の流通により利益を得ることが出来ないが、経済的に発展している近隣地域に小型武器が還流することで非合法の取引が行われる。例えば、コロンビアには大量の非合法の小型武器が流入している現実があり、他方でブラジルでは組織犯罪による小型武器のミスユースが相次いでいる。コロンビアでは小型武器の取引により収益を上げることが出来ないので、経済的な収益の可能性があるブラジルにおいてそのような構造が出来ている。従って、非合法の小型武器による被害は国連の観点から取り扱うことが正当なのである。

    通常兵器として対人地雷の問題がある。戦後においても埋設地雷が滞留し、豪雨と共に居住地に流出し、多数の子供が被害に遭っている。対人地雷の犠牲の7割は6歳から12歳の子供である。通常兵器の軍縮に取り組む一方で、これら被害者の声を聞き、人道救済を行うことも欠かせない。

    大量破壊兵器の不拡散の徹底も重要である。化学兵器・生物兵器に関してはそれらを禁止する条約があり、核兵器に関しては核兵器不拡散条約(NPT)を完全に遵守することで不拡散の徹底が可能となる。不拡散と小型武器の非合法の流出は絶対量が多いから問題なのである。過剰蓄積していれば管理は不十分になる。国内法の整備も徹底されていなければ、合法から非合法な所持に転ずる可能性がより高くなる。従って、不拡散を徹底するためには冷戦期から蓄積された、正当とされている軍備そのものの絶対量を劇的に減らさなければならない。


    多国間主義と全会一致主義

    冷戦期中は、主たる軍備の保有者は米ソであったため、米ソ軍縮条約で十分であった。中距離核全廃条約は米ソ間で締結され、その結果、2国間の間では中距離核兵器は廃棄されたが、その後、その他の国が保持するようになった。従って、冷戦後の世界では多国間主義と全ての国を包含し、どの国も取り残さない全会一致主義を貫くことが必要なのである。軍縮の分野に関しては、全ての国が国内法を整備し、国際規範を共有し、条約本体に対するレポーティング機能を果たすことにより世界的に抜け穴のない不拡散と軍縮の体制が築き上げられる。全会一致の採択をすることは不満を生み出すことであるが、等しく不満であることは均衡が保たれることを意味する。損得があれば交渉は決裂に繋がってしまい、全ての国を動員する軍縮は困難になる。

    小型武器で得られた全会一致は軍縮のマルチの場における新しい方向を示すことになった。これはテロ対策への貢献だけには留まらなかった。全ての国が決議案に合意した結果、各国は国内法を整備し、実施に励んだ。その成果は2003年の10月に開催された第一委員会にて報告された。全会一致主義は各国のオーナーシップを引き出す効果があり、それにより法的な対応がなされるという状況が生み出されるのである。政治プロセスではフォローアップ以上にリードアップが大切なのである。
    その他に、交渉や合意後の実施を成功させるために、セマンティックスの議論や、NGOの参加も重要である。NGOは条約実施段階で不可欠な主体である。小型武器に関しては本会議の中でセッションが設けられることになったが、これは準備段階で行われたオープンエンドの非公式協議の成果が実ったことから実現が可能となった。NGOの参加に当初反対していた政府側は実施段階におけるNGOの重要性を認識し、NGO側も異なる立場を乗り越え、小型武器被害の軽減に貢献するための具体低提案を検討した。政府間会議においても非政府主体の参加は重要な役割を果たすのである。


    日本外交の課題

    マルチの軍縮においては、日本が旗手であることが世界的に求められている。「フォロー」するということだけではなく、国際的な意思決定を率いる立場に立たなければならない。リーダーシップを発揮するためには@国際役職の高いところを務めること(Friends of Chairとして議長の戦略になることも1つの手である)、A決議案の起草国になることが鍵となる。日本は村山内閣から核廃絶決議案の起草国となり、数年前からは小型武器の決議案の起草も行っている。これに関しては、非同盟国の有力国である南アフリカと、小型武器被害が大きく2001年の小型武器会議の議長国であったコロンビアと共に起草を担当した。大国とは世界の問題を解決し、実行力を行使する国を指す。従って、Solution-Oriented Synergy(SOS)への転換が望ましく、各主体と連結点を築き上げながら解決策を導けるようになることが期待される。


■全体討論

    【全会一致主義】

    ・ 全会一致(unanimity)とコンセンサスは別の意味を持つが、軍縮においてはコンセンサスの方式に移りつつあるのではないか。
    ・ 国際合意における全会一致が得られないという理由で行動しない国もある一方で、合意が得られないから有志国連合が登場するという動きもある。
    ・ 全会一致による外交を通すことは離脱を防がなければならないが、批准する・しないの境界線はどのように判断するか。
    ・ 軍縮において全会一致方式が効果的でない分野はあるか。また、軍縮以外でも、根本的なところで意見が割れる分野において全会一致方式は困難ではないか。
    ・ 軍縮でのプログレスは滞ってしまった場合が過去にあり、それを打破するために国連軍縮会議の枠組みから抜け出したのが対人地雷の方式である。その際は大国ではなく中小国とNGOの協力により作業が進められた。このような実例は開発の分野で影響を及ぼしている。

    猪口:
    アメリカや大国を説得するためには、リードアップ期間における信頼関係構築が非常に重要である。国際関係の最前線は人間関係である。信頼が生まれてこそ国々は譲れない線、レッド・ラインを明かす。それを考慮した上で議長は議長案を作成するため、決議案は理想にはなり得ないが、不満がなければ全会一致は成立しない。従って、本当の交渉官であるかどうかの決め手はアンチ・ヒーローのカードを引く勇気があるかにかかわっている。政治交渉の場合、交渉が成立するということは何らかの妥協をしたということである。妥協と汚名を背負う勇気・覚悟がなければ交渉は決裂してしまう。
    有志連合は形成しやすいが限界がある。その一方で、全会一致主義を貫くことが難しい場合もある。しかし、マルチの交渉に付したからには全会一致でなければならない。そうでなければ疎外されたという想いが生まれてしまう。貧困とはメexclusionモであると言われているくらいメexclusionモは究極の問題である。メInsecurity is also exclusionモであるため、例え微少でも軍縮にメincludeモされているということが世界の安全保障に繋がるのであろう。


    【対人地雷禁止条約:オタワ条約】

    ・ オタワ条約は国連軍縮会議の全会一致方式で上手く行かなかったため、中小国がNGOと共に作業を進めたが、敷居を高く作り過ぎたと思われる。
    ・ 未だにアメリカ、ロシア、中国はオタワ条約に加盟する様子がない。環境や開発の分野においても、アメリカ抜きのシナリオを考える必要のあることもあり得る。しかし、軍縮はハイ・ポリティックスであるため、軍事大国の疎外状態の継続は望ましくない。

    猪口:
    オタワ条約に関しては、立ち上げに関わったオリジナル・グループ(カナダと北欧諸国)の力が強かったため、幹部を普遍化する必要があった。それには日本が幹部のポジションをとることが戦略的に重要であった。アジアにもオーナーシップを感じる権利がある。
    また、アメリカなど条約に加盟していない国があっても、オタワ条約が示す人道被害を最小化しようという国際規範は広く共有されている。アメリカも地雷除去を積極的に進め、実績を上げている。軍縮には輸出完全禁止の条約を結ぶことは可能であるが、オタワ条約はtotal banを謳っているため、今更輸出禁止条約をマルチで合意する意味がないと思われている。アメリカ・ロシア・中国はオタワ条約に加盟する傾向にはなくても、国際規範が共有されたという意味では条約の効果があったと思われる。


    【外交官としての力量】

    猪口:
    Soul power、power of visionなど、魂を投入し先見的構想力を以ってすれば国々を動員できる。

(司会:功刀達朗、記録:田辺美穂子)



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