持続可能な開発にかかわる先進的企業のinstitutional bargaining

グローバルからローカルまで多レベルにわたる動きを統合的に捉える

碓氷 尊




報告要旨

 ここで制度的バーゲニングとは社会的に望まれている新しいルール・制度と既存のルール・制度との折り合いに関わる交渉スタンス、あるいはゲームチェンジ戦略をさす。ここでは問題特定的な個別レジームをめぐる交渉ではなく、むしろ持続可能な発展にむけたガバナンスの新しいしくみの模索がビジネス・市民社会・国家(および政府間組織)の3者間に生みだす対峙と協調の関係の機微に注目する。社会学には構造(既存の制度化された地位・役割)とエージェンシー(自発的に自分の目標を再定義し新しい関係・規範・役割・ルールの構築に動くアクター)との交錯により社会変化が触発されるという理論 がある。民間企業といっても中小・零細をふくめた異質な総体ではなく、むしろマーケット・プレイヤーとしての構造的制約下にありながらも変化のエージェンシーとして自発的に動く先進的な企業群を対象に、それらのゲームチェンジ戦略を捉える複眼的なパースペクティブを示してみたい。

 分析的枠組みとしてI. グローバル(国際的なルール・制度の変化にかかわる戦略)、II. 中間(特定業界ないし企業集団のビジネス環境に影響する戦略)、III. ローカル(個別企業内部、およびその立地しているコミュニティ・レベルでの適応にかかわる戦略)という3つのレベルを考えている。レベルIではエコ効率(eco-efficiency)、企業の社会的責任(CSR)、ローカルコミュニティの多様なステークホルダーとの関係構築(stakeholder engagement)などが注目される。レベルIIでは国境を超えて有利な事業環境を広げるための特定業界ごとの自主的標準や認証スキームが乱立しているが、世界に名だたる環境NGOと多国籍企業がパートナーシップを組んで進めるケース(Forestry Stewardship Council等)や、UNEP等国連機関の後押しを得た業界の自主的レジーム(Global Reporting Initiative, Cleaner Productionなど)も数多く見られる。どのレベルを取り上げても明るい約束だけでなく厄介な問題がある。時間の制約もあり、政府間システムとのかかわりをとくに重視するこの研究会の趣旨も考慮して、ここでは主にレベルIの特徴のいくつかに言及するにとどめる。

 グローバル・レベルではビジネスを代表する諸組織と市民社会を代弁する諸組織がそれぞれ独自のイシュー・ネットワークを広げている。前者がルールや手続きの問題よりも具体的な問題解決志向のビジネスライク・アプローチの方が重要だと主張するのに対して、後者は多国籍企業には法的拘束力のある国際行動憲章が不可欠だと主張し、両者の主張は平行線を保っている。このようなマクロレベルのパブリック・ディプロマシーでは、レベルIIやIIIで見られる共有された問題をめぐる相互理解・問題解決のための責任分担、ウィンウィン型の「交渉された秩序」の形成といった動きの影が薄れてしまう。リオ・サミット(1992)の過程でも、国連持続的発展委員会(CSD)の「ステークホルダー対話」でも、またヨハネスブルグ・サミット(2002)の過程でも、両陣営の主張や集会は平行線を保ち、両者に橋架する対話や直接的な政策交渉はほとんど見られなかった。交渉学の連合理論(coalition theory)を援用すると、このような傾向は次のように理解されうる。We-They型の対立関係は異分野横断的な大きな議題(典型的にfinanceとtechnology transferの問題) に直面するときに現れやすい。しかし分野特定的で具体的アクションにつながりやすい議題に直面すると各陣営の誇張された凝集性が緩んで、より現実的な問題解決志向のさまざまな下位連合が蘇生する。そこで、企業が市民社会、地方自治体、国連専門機関等とパートナーシップを組む余地も広がる。

 ビジネス界のグローバルな唱道活動には国際連盟時代以来の伝統をもつ国際商工会議所(ICC)があたり、保守的で、グローバル・レベルの制度バーゲニングには市場重視のアプローチと自主規制論を柱とする政治化された外交を展開してきた。ただし「リオ+5」の前後からその戦略が少し変わってきた。まず、その「腹違い姉妹」組織ともいうべき世界ビジネス評議会(WBCSD)を活性化させた。世界の最大手160社の要人がすべて個人的資格で加盟し、途上国をふくむ35以上の地域・国にネットワークをもつWBCSDは、SD理念の啓蒙とビジネスモデルの開発普及に専念する。3年ほど前から途上国の貧しいコミュニティに雇用機会をもたらすようなpro-poorビジネスモデルの開発 (Sustainable Livelihoods) プロジェクトも立ち上げている。

 もうひとつは、アナン国連事務総長が発想した「グローバル・コンパクト」を自主規制・自己啓発ネットワークというきわめてソフトなプロ・ビジネスのレジームにとどめるよう念入りに交渉を続けて成功した。

 国際的な政策過程には(1)問題への関心を高める(議題提起)、(2)ルール(条約・議定書)づくり、(3)能力構築という三つの次元があるが、実は議題設営の前にも、ルールづくりの前にもまた後にも能力構築が不可欠であり、ビジネス界の技術資源はまさに能力構築の次元でこそ物をいう。他方、グローバルな公共政策の担い手たるべき国連諸機関も、政府間合意の難航、80年代半ば以降のODA停滞、政府間機構財政の縮減、市場志向イデオロギーの高揚といった厳しい潮流に揉まれて、崇高なSD目標を掲げながらも「具体的な問題解決と結果志向の実利的アプローチ」を重視するという点でビジネス界と軌を一にするようになっている。かくて、世銀、UNEP, UNDP等国連諸機構はビジネス、市民社会組織、開発・環境協力のドナーたちの間にシナジー効果を高める役割と熱心に取り組んできた。そこにレベルIIIをレベルIIとほぼ連続的に繋げるような途がひらけて、ヨハネスブルグ過程に“Type 2 Outcome”という第2のトラックが敷かれることになったわけである。それはSD志向の問題解決型の自発的なパートナーシップ・プロジェクトの公式の、しかし開かれた登録制度である。ただし、あまり喧伝されていないことだが、実は、政府・非ビジネスNGO系のタイプ2プロジェクト(現在約260がCSDサイトに公式登録)と産業界がリードするタイプ2プロジェクト(現在はICC-WBCSDやGlobal Compactのサイトに事例研究のかたちで随時掲載・更新)とは相互に隔てられた平行関係にある。

 ビジネス界の能力構築活動への関わりがただちに新しいルールづくりの後押しに繋がるわけではない。しかし、ある条件が満たされれば、SD先進的な一部の企業集団が新しい国際的規制(あるいは条約)づくりに積極的に関わってくる場合がありうる。先進的企業は個々には特殊な技術領域に特化して競争しあっているが、新しい規制案が自分の占有技術に準独占的地代を約束しそうな場合には環境主義者たちと結束してその導入を後押しする動きに出る。そのような規制のデザインと導入のタイミングを筆者は“Stiglerian threshold”と呼ぶ。現行の気候変動・生物多様性関連の議定書は多分野横断的に過ぎるためSD先進企業群(Nijmegen SchoolではSilent leadersとも呼ばれる)を尻込みさせている。イシュー分割に工夫を凝らして、問題解決志向のさまざまな集団的SDイニシャティブをうまく併合しつつ、現存のレジームを補完し深化させる新しいサブ・レジームを考案することが望まれる。

当日配付された拙論Mikoto Usui,“Private Industryユs Institutional Bargaining towards Sustainable Development”(22 pp)の要約。Jepperson(1991)、Harper(1996)、Broadbent(1998)などのいわゆるstructuration theory。

配布資料:Mikoto Usui, “SUSTAINABLE DEVELOPMENT DIPLOMACY IN THE PRIVATE SECTOR: An Integrative Perspective on Game Change Strategies at Multiple Levels,”International Negotiation, 8: 267-310, 2003

 

全体討論

本報告の「グローバル」、「中間」、「ローカル」の区分については、地理的な概念ではなく、企業活動のレベルをさす。「グローバル」とは国際的な制度づくりなど、「中間」とは特定ビジネス集団の周辺環境の整備、「ローカル」とは個々の企業内およびその事業所の立地しているコミュニティとの関係におけるさまざまな変化への対応をはかるレベルと設定している。

公共政策の策定プロセスにおいて、通常、大企業/中小企業(団体)が対照されるが、組織化されていない量的に最も大きな「零細企業」と政府の支援など求めない活力に満ちた「新興企業」との間で、政府や市民社会組織が果たす役割をもっと明示的に論じると、このパースペクティブにさらに厚みが増すと思われる。

今後、ますます大きなパワーを手にすると想定される企業に対して、十分に対抗しうるアクターが育つのかが懸念される。「持続可能な消費」という観点からは、市民も自らの姿勢を問われることになり、特に消費者が展開する運動に期待が集まっている。ただし、他の様々な力学と合わせ、この動きを相対化させて読み取ることも重要であろう。

地球温暖化については、京都議定書のような枠組みだけでなく、途上国において進展するよう代替/再生可能なエネルギーへの転換を支援するなど、ODAとリンクを広げていくような補完的レジームの不可欠であろう。

途上国にとって最も深刻な問題は、国際的「公平性」を声高に主張しても、そのための国際的なルールづくりに、実質的に大きなパワーを発揮できないことである。また、ヨハネスブルクの「タイプ2」の成果として、数多くのボランタリーなパートナーシップが打ち出されても、実際には直接的に雇用創出などに結びつくものが極めて少ないということに、いらだちを感じている。

 

司会: 松下和夫(京大)



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