マラリア対策を目指した企業と国連機関の連携
長期残効殺虫処理蚊帳(Long-Lasting Insecticidal Nets: LLINs)の
普及におけるユニセフの役割

勝間 靖




■報告要旨

    マラリアがなぜ問題か

     マラリアは、ハマダラカと呼ばれる蚊によって人間に媒介される寄生虫疾患である。アフリカ、東地中海、インド亜大陸、東南アリア、南西太平洋諸島、中南米の低緯度地域において、多くの人々がマラリアの危険にさらされている。言い換えると、世界の人口の40%がマラリアの危険がある地域に住んでいることになる。1年あたり約3億人が急性マラリアに苦しんでいるが、その9割はサハラ以南のアフリカで発症している。そして、毎年100万人の命が奪われており、そのほとんどが5歳未満の子供である。実際、アフリカの子供の第一死因はマラリアである。また、妊婦がマラリアに感染すると貧血が深刻となるが、そうすると、生まれてくる子供は、出生体重が低くなる傾向があり、出生後の数ヶ月で命を失う可能性が高くなる。
     マラリアは、貧困の結果として見られることが多いが、同時に、貧困の大きな原因となっている。ある推定によれば、アフリカは、マラリアによって毎年120億米ドル分のGDPを損失している、また、マラリアで苦しむ家族は、限られた収入の多くを治療に費やさなければならず、貧困から抜け出ることが困難となっている。更に、マラリアに感染した子供は学校を欠席がちとなり、その結果、貧困が次の世代に引き継がれてしまうことも多い。従って、貧困削減の観点からもマラリア対策に取り組むことが重要となっている。

    マラリア対策への取組み

     以上を背景に、マラリア対策へ向けた国際的な取組みが続けられている。1998年には、WHO、ユニセフ、UNDP、世界銀行が中心となって、2010年までに世界のマラリア患者による死を半減しようとする「ロールバック・マラリア(Roll back Malaria)」という世界規模の運動を始めた。また、2000年の国連総会では『国連ミレニアム宣言』が採択され、1990年代の国際開発目標と収斂する形で、「ミレニアム開発目標」が設定された。そこでは、「2015年までに5歳未満児の死亡率を3分の2減少させる」、「マラリアおよびその他の主要な疾病の発生を2015年までに阻止し、その後、発症率を下げる」といった、マラリアに関連した目標が掲げられている。更に、アフリカにおいても、2000年、マラリアに悩むアフリカの44カ国の代表がナイジエリアのアブジャに集まり、「ロールバック・マラリアに関するアフリカ・サミット」が開催され、2010年までにアフリカにおけるマラリアによる死亡率を半減させるための『アブジャ宣言』が採択された。
     マラリア対策の具体的な内容としては、特に治療と予防に重点が置かれている。なかでも、予防については、従来、殺虫処理された蚊帳(Insecticide-Treated Nets: ITNs)が普及されてきた。ITNsの使用はマラリアによる子どもの死亡率を20%下げると言われており、感染地域において、特に子どもと妊婦へ配布されてきた。しかし、定期的に蚊帳を殺虫剤で再処理しなければ、殺虫効果は薄れてしまう。普及活動を通して、再処理の必要性が人々に伝えられているが、実際に定期的に再処理する家族はわずか1%というのが現状である。


    ITNsからLLINsへ

     ITNsのように定期的に殺虫剤で再処理しなくても、高い殺虫効果が数年にわたって持続する、長期残効殺虫処理蚊帳 (Long-Lasting Insecticidal Nets: LLINs) と呼ばれる新しいタイプの蚊帳が民間企業によって開発されるようになった。WHOによってLLINsとして最初に認められたのは、住友化学が開発した「オリセット」という名前の蚊帳である。殺虫剤が繊維に含まれており、時間とともに徐々に染み出る仕組みになっており、5年間は殺虫効果が持続する。ユニセフは、特に子供や妊婦に対して、このLLINsの使用を奨励している。殺虫剤による再処理の不要なため、維持に手間や費用がかからない他、環境への影響も少ない。また、LLINsの単価は現時点では約6.5米ドルであり、ITNS の約5米ドルよりも割高であるが、再処理の費用も加味すると、5年間使用した場合の年平均費用はLLINsの方が安価となるからである。
     オリセット蚊帳の使用については、WHOとユニセフのマラリア専門家が住友化学へアドバイスを行った。蚊帳の原料は住友化学によってつくられるが、蚊帳の製造については、住友化学から原料を購入した民間企業によって行われる。これまで稼動してきた上海の工場だけでは年間3000万帳とも推計される潜在的な必要数を満たすことができないため、2003年には、タンザニアの民間繊維工場へ加工技術が移転された。これにより、アフリカ人によるアフリカ人のためのLLINsの普及が始まった。今後は、東アフリカ以外に、南部アフリカや西アフリカにも製造拠点をつくることが検討されている。
     LLINsの生産を拡大していく上では、ユニセフの調達部の役割は大きい。ユニセフが大量に一括購入することを見込んで、民間工場はLLINsの製造に関心を持ち、そして、原料を提供する住友化学はその民間工場への技術移転に協力するからである。現在、ユニセフの調達部は、年間310万帳生産されるオリセットのほとんどすべてを購入している。生産の拡大が進むにつれて、オリセットの単価も下がっており、徐々にITNsにとって代わることが期待される。
     LLINsの市場が形成され、単価が下がり、アフリカの一般の人が入手可能になることが将来的には望ましい。しかし、現時点では、潜在的な需要と供給を媒介する市場が十分に形成されていないため、ユニセフのような国連機関による協力が不可欠だと考えられる。ユニセフによる普及においては、子どもと妊婦が対象であり、より貧しいコミュニティに重点が置かれている。そして、ユニセフが調達を通して、LLINsの普及に貢献していくためには、ドナーからの資金協力が重要である。


    日本の役割

    日本を見ると、1993年から、「アフリカ開発会議(TICAD)」を定期的に主催しており、アフリカの開発問題に関心を示してきた。また、1998年に「橋本イニシアティブ」、2000年にG8九州・沖縄サミットで「沖縄感染症対策イニシアティブ」を打ち出し、ポリオを含めた感染症の対策に取り組んできた。2003年9月に東京で開かれた第3回「アフリカ開発会議」においては、マラリア対策におけるLLINsの役割についても注目された。また、会議の前日には、ユニセフと住友化学のパートナーシップに関する記念式典が(財)日本ユニセフ協会において開催された。
     日本政府と国際協力機構は、ロールバック・マラリアへの協力において、ユニセフとのパートナーシップを強化してきており、オリセットの調達においても資金協力を始めている。ミレニアム開発目標の達成へ向けて、開発パートナー間の一層の協力が期待される。


    <参考資料>

    「マラリア:現状と対策〜ミレニアム開発目標の達成を目指して」ユニセフ駐日事務所、2003年9月。
    「アフリカのマラリアに立ち向かう日本企業とユニセフのパートナーシップ:プライベートセクター参加のアフリカ開発支援」『国際開発ジャーナル』2003年11月号、80頁。
    街風隆雄「ユニセフが紹介へ:マラリア死者、蚊帳で半減を」『朝日新聞』夕刊、2003年9月27日。





■全体討論

    企業によるユニークな技術開発と援助

    ・ これまでにない技術で企業が途上国への援助に有益な製品を開発した場合、信頼性の問題に加えて、他社との競争入札が成り立たないことにともなう調達上の課題も生じてきた。なお、その新製品が関係国際機関からいったん認可されると、二国間援助等においても採択される道が大いに開かれる。
    ・ まだ市場が成立していない状況下、新製品の価格が恣意的に決定され、そうした特定企業の営利活動を国際機関が支援するのはいかがなものかとの批判もあろうが、ユニセフでは、援助を進める際に従来の手段と比較して合理的な費用と判断できれば、たとえ企業に営利を求める部分があっても良いと考える。なお、言うまでもなく、製法が異なっても同様な効果を探究している企業間の切磋琢磨は望ましい。
    ・ 先進国/途上国向けに価格差を設定する方式がAIDS薬にはみられるが、今回取り上げた蚊帳の場合、当初から途上国向け低価格品の開発をめざしてきた点が大きく異なる。また、製造自体も、機動力のあるNGOs等の支援を得て、民間ベースで各地に展開されるように積極的に促してきた。
    ・ ユニセフの役割は、ひとつには、途上国への援助には不可欠であるが市場が成立していないような「製品」について、大規模な中・長期的調達を通じて企業活動を始動させることであろう。その際、中小企業の有するユニークな技術力も視野にいれている。また、方向性が見えはじめた技術については、政治家、市民等へのPRも重要と考えている。
    ・ 新製品の価格引下げがはかられ、長期的な観点から費用と効果の両面で在来品に優ると考えられる場合であっても、被援助国側からは「安価」な従来の製品を求めてくることがあり、ユニセフからのアドバイスも重要となる。
    ・ 今後の課題としては、新製品の環境面への配慮がますます求められよう。


    「グローバル・ファンド」

    ・ 近年注目される「グローバル・ファンド」については、おもに途上国側のイニシアティブによって推進されているが、既存の二国間・多国間援助事業との調整、タイムリーな実施が問われ始めている。今後の研究課題のひとつとなろう。

(記録:谷村光浩)