グローバル化時代におけるメタ・ネットワークの実際と可能性
−アイデンティティからネットワークを考える
上村雄彦
報告要旨
■はじめに
地球環境問題、貧困問題、テロ、世界に広がる紛争問題など、グローバリゼーションが進展する中で、さまざまな問題が顕在化、深刻化している。どうすればこのような問題を解決することができるのか。その一つの鍵として、近年ネットワーク、あるいは複数分野のネットワークを包括的にネットワーク化したメタ・ネットワークの重要性が指摘されている。
ネットワークとは、共通の理念や目標を共有する個々の団体や個人の緩やかな水平的なつながりと定義できると考えられるが、なぜ今ネットワークなのだろうか。またネットワークの重要性が認識できたとしても、実際に効果的に機能しているネットワークやメタ・ネットワークは存在するのだろうか。そして一口にネットワークといっても、さまざまな類型や段階があるはずである。その類型や段階はどのように整理できるだろうか。さらに、どのようにすればネットワークをスムースに形成し、発展させること、つまり「ネット」を「ワーク」させることができるのだろうか。
本報告では、これらの論点について、グローバル・エコビレッジ・ネットワーク、地雷禁止国際キャンペーン、世界市民社会フォーラム、地球平和公共ネットワークなどの事例を取り上げ、アイデンティティを分析概念として、ネットワークの形成要因、ならびに促進要因を分析し、グローバル化時代におけるメタ・ネットワークの可能性を考察した。
■なぜ今ネットワークなのか?
まず本報告では、ネットワークの必要性について2つの側面を取り上げた。一つは、「こと」の大きさ、つまり、政府だけ、国連だけ、NGOだけではこれだけ深刻化した地球規模問題が解決できないという事実である。さらに、組織論の観点から、現代社会を特徴づける「かつてない複雑さと変化の速さ」が、国家などの従来の垂直的階層型組織を機能不全状態に追いやり、より柔軟で、変化に適応力があり、動きが迅速な水平的組織へのシフト、さらには所属、組織、団体、立場を超えた水平的なネットワークの重要性を浮き彫りにしていると論じた。
■ネットワーク、メタ・ネットワークの実例、分類、段階
このようなネットワークの実例として、本報告ではグローバル・エコヴィレッジ・ネットワークや地雷禁止国際キャンペーンを考察した。これらの事例はネットワークが机上の空論ではなく、実際に効果的に機能していることを表しているが、包括的に問題を解決するためには、特定のイシューを超えたネットワークが要請されること、また同じイシューに限定しても、すでに存在している無数のネットワークをネットワーキングすることで、影響力を高める必要があることを指摘した。このネットワークのネットワーキングをメタ・ネットワークと呼ぶが、これには特定のイシュー限定のメタ・ネットワークとイシューを超えたものとに分類され、さらに国内レベルのメタ・ネットワークと国際レベルのものにも分けられるので、少なくとも4つの分類が可能であると論じた。
本報告では、国際レベルで分野を超えたメタ・ネットワークの実例として、世界市民社会フォーラムを、日本国内で進められているメタ・ネットワークの事例として、地球平和公共ネットワーク、「平和への結集」を検討し、ネットワークがどのように始まり、いかなる段階を経て発展していくのかという論点について4つの段階を提示し、それぞれの事例がどの段階に相当するのかという評価を行った。
■国連とNGOネットワークのパートナーシップ
さらに、本報告は国連とNGOネットワークのパートナーシップについて、グローバル・エコヴィレッジ・ネットワーク、地雷禁止国際キャンペーン、世界市民社会フォーラム、国連持続可能な開発に関する政府首脳会議、国連食糧農業機関持続可能な開発局農村開発部農村制度・住民参加課の事例を取り上げ、さまざまなパートナーシップの形態と段階を議論した。
■アイデンティティからネットワークを考える
以上の議論を踏まえて、本報告はどのようにすればネットワークをスムースに形成し、発展させること、つまり「ネット」を「ワーク」させることができるのかを、アイデンティティを分析概念として用いて論じた。アイデンティティとは、人間の本性であり、自己の主体性(自立性、自律性)と同時に、同一性を確立することで、生きがいや自己の存在証明を得ようとする精神作用を指しているが、この作用はネットワークにも当てはまると考えられる。その上で、本報告は、ネットワークをスムースに形成、発展させるためには、共通で、明確で、具体的な目標・ビジョンを共有すること(同一性)、参加している個人、団体の多様性を最大限尊重すること(主体性)、マルチ・アイデンティティ、つまり自分の所属団体以外にも、いくつものアイデンティティを同時に持つこと、脱アイデンティティ、あるいはより大きなところにアイデンティティを求めること、そしてアイデンティティ(自己形成)の段階を超えてジェネラティビティ(生成、世代継承性)の段階へ移行することの重要性を導き出した。
本報告は、そのようなプロセスを促進し、ネットワークをスムースに形成するために、それぞれの個人や団体、ネットワークが同じ立場で集い、議論、交流できる中立的な場を創設し、それを補完するITシステムやツールを開発、運用し、多様な団体、ネットワークをつないでまわるネットワーカーを養成する必要性を提起した。そして、各々の主体性を最大限尊重しつつ、共通の目標やビジョンをしっかり育てながら、それぞれがより大きなところにアイデンティティを持てるような運営を意識的に行うことでネットワークが拡大し、「ネット」が「ワーク」すると結論づけた。
全体討論
■報告に対する質問とコメント
以上の報告に対し、さまざまな観点から多数質問、コメントがなされた。まず、質問としては、
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ネットワークの形成要因、促進要因として「アイデンティティ」で説明があったが、それは価値に基づく行動原理である。政治的パワーの行使や政治的戦略など、価値以外の行動原理は考えられないか?
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ネットワークが統合されないのはなぜか?
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分野を越えたネットワークが、実際に目に見える形で影響力を行使できるのか?
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NGOネットワークと国連・政府とのパートナーシップはどういう場合に機能するのか?
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ネットワークではあくまでも水平的なつながりやリーダーシップのあり方を強調しているが、局面によっては、ある程度の垂直性をもって引っ張っていく必要がある。このことについてどう思うか?
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パートナーシップは、「水平」、「垂直」以外にも2つのベクトルの合成のような「ナナメ」の連携というのは考えられないか?
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「公共性」とは何か?
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ビジョンを共有しない人たちの主体性や多様性をどのように尊重するか?
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ネットワーカーをどのように作り出せるのか?
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国という枠組みがある中で、どのようにネットワークを進めていくのか?
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ネットワークから抜け出てしまったNGOをどうしたら再び入れ込んでいけるか?
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なぜNGOネットワークはアメリカのイラク攻撃を止められなかったのか? また、アメリカの大統領選に影響を与えられなかったのか?
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組織論では「境界設定」を重視するが、ネットワークの境界設定を考えることも必要では?
などが挙げられた。次にコメントとして、
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よく知られたICBL以外に、ネットワークやメタ・ネットワーク、パートナーシップの事例を提示したところに今回の報告の意義があった。
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リーダーシップとは、リーダーの性格や資質だけを指すのではなく、政治においてビジョンを共有するプロセス自体がリーダーシップであり、状況によって違うプロセスを導き出し、常に善き状況を保つことがリーダーシップである。
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パートナーシップは常にシナジーを得る協力関係であるべきで、どちらか一方が利益を得たり、壊れたりする関係であってはならない。
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イシューを超えて結集するのは本当にむずかしい。
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世界社会フォーラム(WSF)が成功したのは、対ダボス、反グローバリゼーション、反WTOという具合にフォーカスが絞られていたから。
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ネットワークにはスローガンが大切。例えば、サミットではものごとは動かないので、「もうサミットはいらない!」とか「サミットは有害!」などは考えられないか。
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ネットワーク形成の鍵は目標やビジョンを共有することだと言われたが、いかにしてビジョンを共有するのかというプロセス、共有の生成過程こそ重要。
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ビジョンを共有できない人たち(たとえば、軍需産業、多国籍企業、アメリカ政府など)をほっておくことは問題で、アメリカ市民に働きかけて、上院を変え、アメリカ政府の政策を変えるなど、できることをやるべき。
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今後ITの活用は非常に重要で、e-government、e-governanceなどを推進していくべき。
■質問とコメントに対するレスポンス
以上の質問、コメントに対して報告者が行った答えの要約は以下のとおり。
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ネットワークがなかなか統合されないのは、それぞれのNGOが互いに多様性を尊重しているため。その原則を超えると、ネットワークが切れてしまう。
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分野を超えたネットワークの影響力に関しては、世界社会フォーラムが注目に値する。現在でも世界中から多数の多様な人々、団体、NGOを結集させ、メディアに取り上げられ、グローバリゼーションの負の側面を大きくクローズアップする契機になっている。このフォーラムが確固としたメタ・ネットワークとして機能するようになると、もっと目に見える形で影響力を行使する可能性がある。
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パートナーシップがうまく機能するのは、特に国連や政府サイドにニーズがある場合。たとえば、ICBLの場合は条約の実施に際して、世界各地で活動しているNGOのモニタリングは欠かせないし、国際刑事裁判所設立については、人権・人道NGOや対女性暴力ネットワークが持つ専門知識が必要であった。
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リーダーシップのあり方については、確かに杓子定規的に「水平的」なリーダーシップを当てはめることはできず、「垂直的」なリーダーシップが必要な場合もある。「ナナメ」に関しては今後の検討課題。
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公共性は、「公」と「私」の2元論を超えるために使われる概念。すなわち、戦前の「滅私奉公」でもなく、その反動としての戦後の「滅公奉私」でもない、民が担う「公共」ということを導き出すための3次元相関論として理解できる。
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「ビジョンを共有しない人たちの主体性や多様性をどのように尊重するか」という問いは非常に大きな問題。しかし、ビジョンや目的の共有なしのネットワークは考えられない。もちろん何らかの形で、ビジョンの共有が育まれるような努力は必要。したがって、企業を変えるためのCSR(企業の社会的責任)の推進などは非常に重要なツールになる。
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ネットワーカーは実践の中で実際に試行錯誤を経験した中から生まれるもの。しかし、今後はNGOなどが意識的にネットワーカーを養成する講座や仕組みを積極的に考えていくべき。
以上のように、活発な討議がなされ、ネットワークやパートナーシップについて認識や理解が深まったセッションとなった。
<参考文献>
・馬場伸也『アイデンティティの国際政治学』(東京大学出版社)、1980
・馬場伸也「国際社会学へのプロレゴメナ−福祉『国際社会』の構築をめざして」、
・馬場伸也編『現代国際関係の新次元』(日本評論社)、1989年、1〜14頁。
・朴容寛『ネットワーク組織論』(ミネルヴァ書房)、2003
・目加田説子『国境を越える市民ネットワーク〜トランスナショナル・シビルソサエティ〜』(東洋経済新報社)、2003年
・J・F・リシャール『問題はグローバル化ではないのだよ、愚か者』(草思社)、2003
・上村雄彦『国際関係論におけるアイデンティティ理論の実証研究〜ユーゴスラヴィアの内政と外交〜』(三重大学人文学部卒業論文)、1988年(未刊)。
・上村雄彦「地球規模問題の解決を目指して〜『もう一つのガヴァナンス』とNGO
ネットワーク〜」吉川元編著『国際関係論を超えて〜トランスナショナル関係論の新次元〜』(山川出版社)、2003
・Uemura, Takehiko (2003).“Global Governance and NGOs: The
Networking of Networks for Another Governance,”Liu,
Cho-han et al. eds. (2003). New Challenges for
Sustainable Development in Millennia, UN NGO Policy Series No.3, CIER Press.
・GEN
International, Ecovillage Millennium, Vol.1,
Denmark: Global Ecovillage Network International,
2000.
・Jackson, Hildur & Svensson, Karen
eds. Ecovillage Living: Restoring the Earth and Her
People, Foxhole: Green Books, 2002.
・Jackson, Hildur & Svensson, Karen
eds. Ecovillage Living: Spring 2001, Holte: Holte Bogtrykkeri, 2001.
・Secretariat
World Civil Society Forum, Strengthening International Cooperation, Geneva:
World Civil Society Forum, 2003.
<参考ホームページ>
・グローバル・エコヴィレッジ・ネットワーク:http://gen.ecovillage.org/about/index.html
・地雷禁止国際キャンペーン:http://www.icbl.org/
・世界市民社会フォーラム:http://www.worldcivilsociety.org/en/docs/Rap_RP.htm
・ワールド・ピース・ナウ:http://give-peace-a-chance.jp/118/indexsub.html#118
・地球平和公共ネットワーク:http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/
・「平和への結集」:http://uniting-peace.net/
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